東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。
放課後、立ち入り許可をもらった宮田は、その足で旧宣教師館に向かうことになった。それを提案したのはみなみだった。
「宮田、なんの曲弾けんの? あたしがわかるようなやつある?」
あれ弾いてよ、サウンド・オブ・ミュージックのやつ、とみなみは鞄を振り回して、その場でくるくると回転を始めた。遠心力に引っ張られて、ポニーテールも宙に浮く。
昇降口前の廊下には、きらきらと埃が舞っていた。
「あたしも楽器、なんかやっとけばよかったなあ。根性ないから習い事続かなくてさ」
内心、宮田はもう帰りたかった。ピアノを弾くならひとりがいい。
ピアノのことは、みなみにもあまり話してはいなかった。宮田はどうしてか大事なことほど、他人に詳しく話せない。
「誰だ~そこでくるくる踊ってるの!」
わざと野太い声を出したのは、階段を下りてきた由梨だった。そのすぐ後ろに、日誌を抱えた馨もいる。
「これ提出したら帰るから、佳乃も一緒に寮帰ろ」
宮田が受けた由梨の誘いを、みなみは勝手に断った。
「うちら、これから旧宣教師館」
「え、なんで?」
「あそこにでっかいピアノが入って、宮田がそれ弾きたいんだって。由梨と馨も一緒に行く?」
流れでみなみが誘いかけると、行く、と由梨が話に乗った。急にギャラリーを増やされた宮田は、えっ、と思わず不満を漏らした。
「佳乃、ピアノ弾けるんだ。なんか映えそうで格好いいね」
由梨が気軽にそう褒めると、私も弾ける! とまた馨が張り合い始めた。
「へーすごい。馨はピアノ、何弾くの?」
「ブルグミュラーまではやった。私も行くよ、旧宣教師館!」
やかましいのまでついて来ることになり、ますます面倒なことになったと宮田は思った。こんなメンツではまともな練習が出来るはずがない。
校舎の裏林に足を踏み入れる度、宮田はここを異国に感じた。白樺の枝先が重なり合っているほの白い空は、どこか寂しい。
ずっと同じ鼻歌を歌っているみなみに、なんの曲だっけそれ、と由梨が尋ねた。
「『私のお気に入り』」
「へえ。タイトルは?」
「だからタイトルが『私のお気に入り』。サウンド・オブ・ミュージックのやつ」
さく、さく、とウエハースを割るような小気味好い音が、ローファーの下で鳴る。冬の間に乾いた落葉が、広大な土地を覆っていた。
「あれ?」
林の奥にあるベンチの一つを、馨がすっと指で差す。宮田も目を凝らしてみると、生徒が三人、いるのが見えた。
その顔が視認できない段階から、宮田は嫌な予感がしていた。
「あ、叶だ!」
おーい、と馨が手を振ると、向こうも気がついたようだった。両端に座る生徒たちが、大きく手を振り返す。
奥沢叶を挟んでベンチに座っていたのは、真帆と悠だった。
「何やってんのー? コソコソお菓子とか食べてんの?」
由梨が大声で尋ねると、作戦会議ー、と二人が答えた。
「何? 作戦会議って」
距離を詰めてから宮田が尋ねると、ぷっと真帆が噴き出した。いつもこういう調子の真帆を、宮田は好きにはなれなかった。
「やった、宮田さんが乗り気だ。うちらだけじゃ人数足りないよねって、丁度話してたんだよね」
「何それ?」
「これ、聞いた人は絶対参加のやつだから」
真帆と悠が目配せし合うのを見て、宮田は嫌な感じを受けた。みなみがムカつくと言うのがわかる。
全員の顔を近づけるよう手招かれ、仕方なく宮田も真帆の口元に耳を寄せると、ひそひそ声がゆっくりと届いた。
「みんなで・りゅうせいぐん・みにいこ!」
その響きは妙に幼く、年端のいかない子どもの約束事を連想させた。いま聞いた人は全員参加です、と悠がふざけて真顔で言うと、真帆が手を叩いて爆笑した。
流星群?
「それ、昼にトッキーが言ってたやつ?」
みなみが尋ねると、それ、と真帆がスマホの画面をこちらに向けた。国立天文台のWEBサイトに、こと座流星群の極大日が載っている。
来週火曜の深夜。
実力テストの日の夜だ。
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