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第八回 何万光年前の光

第八回 何万光年前の光

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。

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窓の前に置いたまま焦って出て来ちゃった、と馨が手のひらで口元を覆った。
「……別に窓の前に毛布畳んでるくらいは」
「超不自然じゃない?」
「超不自然ではあるけど、夜のうちにちゃんと帰れば問題ないでしょ?」
一応フォローを入れつつも、宮田は馨の同部屋の生徒の話を思い出していた。
「ところで誰か、叶から連絡って来た? 時間過ぎてるけど」
由梨に言われてスマホを見ると、時刻は零時に近づいていた。
「もしかして、なんかあったのかな? なんかあったんなら、やばいよね?」
吞気な由梨とは対照的に、深刻な事態を想像したらしい馨が慌て始めた。宮田も、奥沢は連絡もなしに遅刻するタイプではないだろうと思った。
「冴島さん、奥沢さんから連絡って来てる?」
宮田がそう尋ねると、真帆は面倒くさそうにスマホに目を落とした。
「家出た時にメール来てたよ。遅れてるだけじゃない?」
「いま電話してもらっていい?」
真面目な声色で宮田が言うと、真帆がぷっと噴き出した。
「宮田さん、マジになり過ぎ。もうちょっと待ってれば来るって」
「夜道で何かあったんならまずいでしょ?」
「どうせ携帯の調子悪いだけだよ。よくあるもん、あの子」
キッズケータイ、いっつも調子悪いんだよな、と悠が鼻で笑うと、ね、と真帆も笑った。
「いいから一回、かけてみてくれない?」
宮田が語気を強めると、真帆が呆れ顔でため息をついた。
その時、みなみが遠くを指した。
「あれ、自転車っぽくない?」
指し示す方向を宮田も見やると、濁った橙色の光が裏門坂をゆっくりと登って来るのが見えた。少しずつ少しずつ、それは近づいて来る。
その顔が見えるよりも早く、澄んだアルトが暗闇に響いた。
「遅れてごめん!」
奥沢だ。
緩やかな傾斜を登り切ると、奥沢はふらふらと自転車を降りた。その周辺を由梨がライトで照らす。古びた赤いママチャリは、カゴがへこんで錆びていた。
「叶~心配した!」
馨が大声を上げて飛びつくと、奥沢もそのテンションを模した。ごめんね! と張り上げられた声は、息切れして掠れていた。
「待たせてごめん! 間違えて一回、別の道行っちゃって……」
「ウソ! 大丈夫だった?」
「連絡しようと思ったんだけど、携帯、電源落ちちゃって……」
よほど急いだのか、珍しく奥沢は猫背になって、大きく肩で息をしていた。水とか飲む? と訊きながら、馨が街灯の下まで誘導する。
初めて目にした奥沢の制服以外の姿に、宮田はどこか引っ掛かりを感じていた。
「それ、絶対機種変したほうがいいよ。いっつも電池死んでるじゃん」
真帆がにやにやと笑いながら、奥沢の携帯を指差した。小型で丸みのある、子ども用の携帯電話だった。
「ね。最近、ずっと調子悪くって……」
「いつの機種? もうスマホに変えなって」
一緒になって悠が言うと、ね、と奥沢がもう一度呟いた。
いつも学校で見ている姿よりもずっと、私服姿の奥沢は幼く見えた。ショート丈の水色のブルゾン。
「じゃ、揃ったし行きますか。寒くなって来たし、さっさと登ろ」
みなみのマウンテンバイクの隣に奥沢がママチャリを停めると、由梨が裏門坂へライトを向けた。旧宣教師館前の暗がりに、甘く金木犀が香っていた。

寮の室内履きで出て来た宮田たちは、足元がひどく冷えていた。路面の些細なでこぼこすらも、薄い靴底は刺激を拾う。
「キツネとかってさー、本当に出るの?」
ガードレールの向こうの木々に、光を飛ばしながら真帆が尋ねる。 
「え、出るよ」
「ウッソ」
「全然いるよ、キツネ」
みなみが当然のように言うと、真帆が爆笑した。
「じゃあタヌキも出んの?」
「タヌキは見たことない。奥沢、ある?」
私もない、と奥沢も言う。このグループの南斗出身者はみなみと奥沢だけだった。
二車線ある山道には道幅があり、ぽつぽつと間隔を空けてオレンジ色の街灯が立っていた。
「クマは?」
「クマはさすがにあんま出ないけど……クマの出没情報が出て、土壇場で遠足の行き先変わったことはある」
「マジの北海道じゃん」
「北海道にマジとかマジじゃないとかないでしょ」
でも築山にはたぶんクマ出ないよ、とみなみが言う。
「人が作った山ってウワサ。本当の山じゃないんだって」
左へ曲がるカーブに沿って歩いて行くと、由梨のライトが前方にある縦長の看板の姿を捉えた。スピードおとせ、と手書きで書かれた赤文字は、なんとも薄気味悪かった。
うわ~昭和、と震え上がった馨を見て、一同は笑った。
「だって時代感じる文字とか絵って、なんかキモいじゃん……」
未解決事件って感じある、と宮田がぼそりと呟くと、怖いこと言わないでよ! と馨が声を荒らげた。怖がりすぎだよ、と奥沢が笑う。
「叶はこういうの平気なの?」
「結構平気かな?」
「なんで~怖いじゃん……」
「それは馨が想像力豊かだからだよ」
私は嫌なことは想像しないようにしてるから、ときれいなアルトが呟いた。
奥沢は一人だけ、ペンライトを握っていた。眩むようなスマホのライトの傍らで、その光はか細かった。

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

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