好きなものでいっぱいの運命のアトリエで/苅田梨都子(梨凛花)

好きなものでいっぱいの運命のアトリエで/苅田梨都子(梨凛花)

生活というものは生きている限り永遠に続くから

2020年3・4月 特集:どこで生きる?
SPONSORED:TOKYO解放区
テキスト・撮影:苅田梨都子 編集:竹中万季
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物語を持つ女の子をイメージしたコレクションを発表してきたブランド「梨凛花」のデザイナーの苅田梨都子さん。2019年の冬、運命的な場所を見つけてそこにアトリエをかまえたのと同時に、衣食住さまざまな観点からものづくりをしていく自分の名前を掲げたレーベル「ritsuko karita」として生まれ変わることを決めたそうです。これまで生きてきた中で、暮らす場所が自分の運命を動かしてきたという苅田さんが、3・4月の特集「どこで生きる?」をテーマに文章を寄せてくださいました。

まだ新品の、糊が強張って綺麗に揃ったプリーツスカートが主役の制服を身にまとっていた10年前の春、16歳。
電車もコンビニもない田舎に生まれたから高校が実家から通える範囲になく、友達3人と住むことになった。

岐阜県の中にある人口2,800人程の村に生まれて育ち、多感な16歳から18歳に親元を離れてアパートに住んだ。

18歳になり、東京へ上京することを決断する。不安はなかった。
初めての東京での住まいは、高円寺を選んだ。
高校2年生ぐらいから古着が大好きで、丁寧にセレクトしている古着屋がたくさんある高円寺に住めたらなと思っていた。
そんな憧れが詰まった高円寺にて専門学生時代を過ごす。
まだどういう条件でアパートを選ぶのがいいか、どこがアクセスがいい場所なのか何も正しい選択が分からないまま、手探りの中住んでみた。
6畳に天井の低いロフト付きのお部屋。キッチンも狭くユニットバス。
東京は家賃が高いわりに狭くて不便だなと感じた。岐阜県の友達と暮らしていたアパートは一人2万円もあればきちんとした暮らしができた。

21歳、専門学校で仲良くなった同じクラスの子とルームシェアを始める。

ルームシェアしていた家のダイニングキッチンからの風景

東中野に住んだ。線路が近く、電車の音が少し五月蝿い。
でも、陽当たりが良くアクセスも良い。ファミリー向けのアパートで、ドアはまろやかなミルキーピンク色。
友達と暮らすと家賃も安く、広いお部屋に住めて良い。今度はお風呂も独立だ。

ちょうど21歳は専門学校を卒業した年で、社会人1年目だった。
就職せず卒業してしまって、私はこれでいいのか不安だった。
1社だけ面接を受けたけれど、面接で思わぬ言葉を浴びて、私が東京に上京した理由はこれでいいのかと改めて考えて自分で蹴った。
涙を流しながら電車に乗り、授業に戻ったことを今でも忘れない。
電車に乗っていたサラリーマンがすごくて偉い人に見えた。普段は何も感じないのに、スーツ姿が逞しく思えた。

やりたいことは沢山あって、でもそれができるかどうかは分からない。

20歳、自分が作っていたものに“梨凛花”〈リンリンカ〉という名前を名付け、髪飾りやカバンを渋谷パルコで販売していた。

一緒に住んでいる子に、「サンリオピューロランドの衣装の縫製の仕事があるんだけどさ、どう思う? 福利厚生もあって、受けてみようかな」私は言う。
「絶対に遠くて通えないからやめた方がいいよ」あっさりNOと返事が。一緒に住んでいた友達とは性格も趣味嗜好も正反対で。でも互いに干渉せず思っていることはきちんと言えた。
「りっちゃんはさ、梨凛花をすればいいと思うよ」そう言って背中を押してもらえたので、アルバイトをしながら自分の製作を本格的に始める。上手くいくかなんて、保証はどこにも無いけれど。

23歳までの3年間は、製作スペースと住居が一緒の6畳の狭い部屋の中で行っていた。狭すぎてベッドも置けないから、ドラえもんのように押入れに敷布団を閉まっていて、毎晩ひいて寝ていた。
高校生からずっとサーティワンアイスクリームでアルバイトを続け、23歳まで計7年間働いた。
上手くいかなかったら、サーティワンのお姉さんにでもなればいいかもと思ったりもした。

そんなぼんやりとした中、私はこのままではいけないと思い「台東デザイナーズビレッジ」への試験を申し込んだ。
ここは物作りをするクリエイターの支援施設で、事務所が他の場所よりも格安で借りられ、且つ事業のアドバイス・成長もできそうな環境だった。
受かるか不安でいっぱいだったけど、審査が通り、春からアトリエを持つことが確定した。それに伴い、3年一緒に暮らした友達とは離れ、また引っ越すことになる。
23歳からの活動拠点は東東京になった。
新御徒町にアトリエがあり、近くには蔵前や浅草など、落ち着きながらも小洒落ている隠れたお店や喫茶店が沢山あった。
アトリエは廃校をリノベーションした一角で、黒板などがあり、レトロ。
他の複数人のクリエイターも同じ廃校の中に事務所を構え、仲間も増えた。

台東デザイナーズビレッジ2年目のアトリエ風景

でも、アトリエといいつつもまだ完璧な理想ではなかった。
私の中では第一歩を踏み出しただけで、ひとまずお仕事と言えるように3年間頑張ろうと心の名で拳を握りしめた。

台東区新御徒町でアトリエを構えてから、個人的に格段に成長した。
まずはお家と仕事場を分けたこと。通勤に慣れるまで体力が必要だったけれど、帰宅したら仕事はせず、のんびり過ごせばいい。
会社に属している人は当たり前かもしれないが、自営業だといつまでも作業しがちで休めなかった。
休みを作ってもいいのか不安でダラダラと仕事をしていたこともあった。
今まで狭い部屋に自分一人で縫っていたものが、インターンの子達を呼べるようになったのも大きい。

梨凛花19SS collectionイメージボードの一部

その後運良く物作りを一緒にしてくださる工場さんとの連携もあり、一年目の冬には少し自信が湧いてきた。
そしてあっという間に今年、卒業の年となった。

2019年の4月くらいから不動産サイトを欠かさずチェックする日々。
12月3日、運命的な場所を見つける。
壁が綺麗な白とミントグリーン、床はまろやかな水色。窓がたくさんで大きく、光が綺麗に入る。そしてお店としての使用も可能、入り口には枝垂れ桜も生えている。

古い一軒家をリノベーションした、新しさと古さを融合させた夢みたいな場所だった。慌てて不動産会社に連絡し、すぐ内見が決まった。
内見しながら「絶対に私がここで新しいことを始める!」とひしひしと気持ちが高ぶりながらも、本当に今日中に決めないと、他の方に決まってしまうかもと言う状況だった。
夜、コンビニのファックスで申込書を送った。
1軒目で決めてしまっていいのか、という気持ちもありつつ、私のための物件だったかもしれないとワクワクした。
それから年が明け2020年。無事に物件が決まり、ここでの生活がスタートする。

まだ空っぽのお家に友人が遊びに来てくれました

また、丁度このタイミングで20歳の頃に名付けた“梨凛花”〈リンリンカ〉から、自身の名前である“ritsuko karita”というレーベルに名前を変える。
生活する環境・場所が変わろうとすると、心のどこかで仕事との向き合い方や人付き合い、好きなものなどが連なって変わっていく。選択しようと見つめ直す。

新しいロゴは竹井晴日さんによるもの。ぬくもりや自分の手触りが感じられ、進んでいく、そんな思いでつくりました

高校生から今までずっと服を作ってきたけれど、好きなことが趣味ではなくて仕事になって。そこから新しいことをはじめたり変化していくのは、周りの方の声や反応もあると思うとそう簡単ではないし、怖い。
でも、自分が過ごしていく中で感じる違和感は正しい。
もともと私の将来の夢は“お店を持つこと”だった。服も作りたいけれど、作った服を自分のお店に置いてお客さんに遊びに来てほしい。
そんなことをふと改めて考えて見つめ直したときに、梨凛花という名前にピリオドを打って別の名前でパワーアップし、衣服だけではなく生活全体の提案をしてみたいと強く思った。

新しいアトリエでは穏やかな心でいつも居られる。それは好きな色の壁や床、お気に入りの花瓶や自分で作ってきた服などが身の周りにあるから。

今まで選んだ本。
心地よい音楽。
安心できるぬいぐるみやろうそく。
好きなものでいっぱいのアトリエでこれから、が始まる。
家具はまだ仮のものもあるので時間をかけてお気に入りで揃えていきたい。

未来のお店やさん。
名前はまだ考え中で、決まるまでは「梨都子さんのアトリエ」「梨都子さんのお店」と呼ばれるだろう。

デザイナーは服をデザインするというのが主軸となるお仕事だけど、私は衣食住という生活の中の一部として服作りを行なっていると思っている。
だから自分がデザインした服から派生して、着方も提案する。
もう少し世の中が安定してきたら海外に旅行して、お土産感覚で自分のセレクトで鞄や靴、雑貨なども置いてみたい。
お花が好きだから、例えば花瓶を作っている作家さんと一緒に服も販売する。
自分がセレクトしたアクセサリーを服と一緒に見ていただく。欲を言えば、お客さんにお茶を出して話すだけなんていうのも憧れる。セレクトショップほどきちんとしていないかもしれないけれど、友達のお家でお店やさんをしているから遊びに行こうかな、みたいなスタンスで。

アトリエの正面ディスプレイ。お気に入りの物たちを並べて

私はジブリや映画の中の暮らしに憧れているけれど、憧れているばかりではなく、自分たちが体験したい。
生活、というものは生きている限り永遠に続くから、現実でもワクワクしたい。

夢を夢で終わらせない。

私は新しいこの場所で楽しいこと、ドキドキしていくことを発信し、服をデザインするだけでなく生活に纏わる全てのことで自分が心地いいものを提案できたら幸せだ。

梨凛花20SS collectionのインスピレーション源

梨凛花20SS collection

生活を転々としながら、気づいたら26歳で自分の1番の夢である“お店を持つこと”が叶ってしまう一歩手前にいて、自分でも信じられない。

日々の選択や意識で誰にだって夢は叶う可能性がある、と私は大きな声で言いたい。
大きな夢じゃなくっても、例えば“大きなプリンが作りたい”。
そのくらいでもいいじゃない。
“こうしたい”という気持ちがないと、いつまで経っても何にも変わらない。
そして行動に移す。思うところまでは、結構誰でもできることだから。

まずは身の周りをお気に入りのものに変えて、自分を幸せにしてあげよう。
毎日毎日小さな夢を自分で叶えてあげることで、生活も暮らしも変わっていくのだと、より良い生活ができるのだと私は信じている。

PROFILE

苅田梨都子
苅田梨都子

1993年生まれ、岐阜県出身。ファッションデザイナー。
母が和裁士で幼少期から手芸が趣味となる。
バンタンデザイン研究所卒業後、梨凛花を6年手掛ける。
現在は自身の名前であるristuko karitaとして新たに活動を始める。

INFORMATION

イベント情報
梨凛花ラストコレクション+ritsuko karita

karita ritsukoとしての初展示と梨凛花のラストコレクションの販売を行います。ラストコレクションを見届けると共に、アトリエの中に並ぶ本や苅田さん自身が大事にしていることについて私物を持ってきていただいて展示を行います。

2020年4月1日(水)~4月7日(火)
場所:伊勢丹新宿店本館2F TOKYOクローゼット内
参加ブランド:梨凛花・ritsuko karita
企画:TOKYO解放区
https://www.instagram.com/p/B9dIU9pBATC/

イベント情報
ritsuko karita 20AW plain展示会

4月13日(月)~19日(日)(現在予定)
場所:ritsuko karita アトリエ内(鶴川駅から徒歩10分)
※詳しくはSNSにてお知らせ致します。

ブランド情報
ブランド情報
ritsuko karita

衣服のデザインをする傍ら、そこから生まれる余白や温度など、日常へとさまざまなアプローチで提案するレーベル。

・Concept
“花弁のようにしなやかで自由、品があり時々クール”
ハンカチの4隅を揃えてたたむような丁寧な気持ち。

・Style
梨凛花で生まれたリズムを源に2つのスタイルを提案。
〈plain プレーン〉
淡白であっさり 日常着
さり気ないリズム漂う

〈rich リッチ〉
豊かで華美 特別着
大胆で印象的な一張羅

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