電子書籍文芸誌『yom yom』で毎号エッセイ「届かない手紙を書きたい」を執筆する、女優でモデルの南沙良。『yom yom』2020年10月号で掲載予定の、イラストレーターで漫画家のごめんとコラボレーションした「頭の中の女の子」がテーマのショートショート全4話をShe isで順次先行公開。
私はここで息が出来ない。誰もいなくなった放課後の教室に。狭い水槽の中に。閉じ込められているよう。
私の入る余地はただの1ミリもないようだった。私はそうじゃない、みんなとは違うのだと、毎日血反吐を吐きながら叫んでいた。格子窓から射し込む光に照らされた、地面にまき散らされた赤銅色の澱を、私は冷徹に見つめていた。美しかった。
私は知っている。世界は白と黒だけではなく、その間に広がる色がどれも等しく美しいことを。そして同時に私は知っている。世界に広がるどんな色でも白と黒に見えてしまい、それも「普通」という枠に入ってしまうことを。私は覚えている。2時間目をさぼって季節外れの海に行くとか、17歳最後の日にアイスを食べながら涙を流すとか、ほんとはそんなことをしてみたかった「普通」の私がいたことを。
イケてるとかイケてないとか、勝ちとか負けとか。私はこの狭い水槽の中で定義された「普通」という枠からはみ出た存在なんだ、という現実を直視することしか出来ない。
昨夜まで降っていた雪はもう路面に溶け始めている。
いつも女の子がいる電話ボックスには誰もいない。
今は大きい酸素ボンベを背中に抱えているから息が続いている。白と黒の光り輝く「普通」の世界の中で。
※「yom yom」2020年10月号(9月18日[金]配信開始/希望小売価格 700 円[税別])は、各電子書店でお求めいただけます。