電子書籍文芸誌『yom yom』で毎号エッセイ「届かない手紙を書きたい」を執筆する、女優でモデルの南沙良。『yom yom』2020年10月号で掲載予定の、イラストレーターで漫画家のごめんとコラボレーションした「頭の中の女の子」がテーマのショートショート全4話をShe isで順次先行公開。
楕円の星が微かに光る静かな夜。寝室の向こうにあるすりガラスの窓をそっと開けると、星の代わりに、小さくて弱そうな月がこちらを覗いている。
細くてうすいあの月から、誰かが釣り糸を垂らして、底に散らばる宝石や魚を待っている。
小さい頃読んでもらった絵本にそんなことが書いてあったのを思い出した。
ゆるりと風に乗って美味しそうな香りが運ばれてくる。
「なんの料理だろ」
学校からの帰り道。美味しそうな匂いがした。
あの頃は、毎日が濃い色の絵の具で塗り重ねられていて、新しい世界を覗くことが楽しかった。目を閉じると、白いジャージ姿の女の子が浮かんでくる。今ではもう顔もはっきりと思い出せない。高校時代仲の良かったあの子は、今何をしているだろうか。
学生時代は、金曜日の夜のことを考えるだけで踊りたい気持ちになっていたのに。
今は曜日の感覚さえない。毎日欠かさずつけていた日記も、今では引き出しの奥が定位置になっている。高校を卒業してから、特にやりたいことも見つけられずに家に引きこもってばかりいる私は、何をするにも罪悪感と焦燥感が邪魔をしてしまうようになった。
踏みしめる場所が変われば、私も変われる。そんな浅はかな考えが、この穏やかな苦しいような時間に繋がっていることくらい、私にだって理解できる。
布団に潜ると、蛇口から滴る水の音が部屋に響く。目を瞑ると、私だけの星空が広がる。
この美しさを誰かに伝えられない寂しさだけが、今の私のすべてだ。
※「yom yom」2020年10月号(9月18日[金]配信開始/希望小売価格 700 円[税別])は、各電子書店でお求めいただけます。