冷たいピーマンの焼きびたしが夏には美味しい。
丸ごとフライパンでコロコロ表面を焼いてから、だしに浸して煮、冷蔵庫で冷やし、常備菜にする。やわらかくなり、噛むと中から冷たいだしがびしゃびしゃと滲み出てきます。種ごと食べます。
新宿二丁目にたまに足が向くのですが、雑居ビルの地下1階へ赤い階段を下っていくとMEMBERS ONLYと書いてある看板がかかっていて、扉を引いて入ると壁も机も黒い内装のコの字カウンター12席のバーになっている。入った左の壁には横に長い鏡がひとつかかっている。左奥の席には大きな白い百合の花が生けてあります。白髪のママは小柄で華奢な男性で、オネエ言葉でちょっと意地悪で、善良な仲の男性の友人を連れて行くと丁寧にいじめてくれる。私はジントニックを頼んだりアマレットをロックで舐めたりして別にたいした飲み方はしないです。
「これはフランス料理なんだって。でもねあたしは醤油で味つけるわよ。ここは日本だもの」とお皿にひとつだけ盛ったその冷たいピーマンを、出してくれる直前に醤油を少しだけ垂らしてくれます。このバーのお通しです。このバーではピーマンをだしに浸すときににんにくも一欠片ずつピーマンと同じ数入れるんですが、これからキスしそうな感じの人のお皿からは除かれています(だそうです。ママが言っていました)。それとは関係ないのですが、私自身が家で作るときにはにんにくは入れません。
地下にあるバーで飲むときには本当は朝まで飲むべきなのかもしれません。お店を出てむくんだ足を引きずって一段、また一段と階段を上がって、あたりが朝の気配に白んでいるところに出ていくのが良いのかもしれない。近くには新宿御苑があります。でもいつもは夜が深まっていく時間に眠気でまぶたをこすりながら出ていきます。我々には明日があるからです。明日の朝食べられる冷製のピーマンが冷蔵庫に眠っているからです。明日があるというのは、希望があるようでいて、それだけではなく苦悩もあり、なかなか難儀なものだと思います。