7月は、たくさんのニュースや活動のある1か月でした。2017年の初冬から準備をはじめていた『here and there vol.13』Hyacinth Revolution issueが7月10日に発売になり、Utrecht/NOW IDeAで発売記念イベントがはじまりました。
このイベントの内容は、これまでの16年間でつくってきたバックナンバーを読むことができる「here and there library」です。そこに現在進行形の要素も加えたくなって、この号の巻頭で展覧会『三者面談で忘れてるノートブック』をご紹介したアーティストの青木陵子さんに、おみくじをつくっていただきました。会場に来た人は100円で一枚、おみくじを引くことができます。会場にはこのような説明書きを置いておきました。
青木陵子『とおくから聞こえてくるメッセージおみくじ』
『here and there vol.13』では2018年春にタケ・ニナガワギャラリーで行われた青木陵子さんの個展「三者面談で忘れてるノートブック」を、ヒアシンス革命特集の巻頭でご紹介しています。
長島有里枝さんの写真によって誌面によみがえる展示風景は、青木さんが日々の生活のなかで興味をもつにいたった世界史の潮流を、個人的な体験と併置することによって理解し、そのうえで世界のしくみを俯瞰する視点を得るまでの、ダイナミックな価値観の形成過程を伝えるものです。
青木さんはこのプロセスのなかで、「世界のしくみを理解する」手法の一つとして、タロット占いや色占いに用いられるフレーズ、予言的な文章、夢で体験した場面や、夢を記録したときにあらわれる言葉など、「意識された日常世界」に地続きでありながら、普段は意識にのぼることが少ないモヤモヤとした、意識と無意識のあわいに拡がるメッセージを、積極的に捕獲しに出かけています。
青木さんのそうした制作姿勢に刺激をうけた私は、『here and there』vol.13の刊行イベント「here and there library」の関連企画として、おみくじメッセージの制作を依頼させていただきました。
青木さんが、「こんなのが、できました」というメッセージとともに届けてくださったおみくじは、言葉と図からなるものでした。図のあるおみくじはとても楽しいものでした。図があって、抽象的だったり具体的だったりする言葉があって。それはよく見知ったおみくじとはちょっと違う、「どこか、とおくのほうから聞こえてくるメッセージのようだな」と感じられ、青木さんにそうお伝えしました。
こうして生まれた青木陵子さんの『とおくから聞こえてくるメッセージおみくじ』を、「here and there library」の会場にきてくださった方たちに楽しんでいただけたら、と願っています。
2018/7/5 林 央子
『とおくから聞こえてくるメッセージおみくじ』のメッセージは、とてもユニークです。たとえば、私が引いたおみくじの言葉と、その日私にあった出来事を並べてみると……
「すごい急斜面をみんなで転びながら落ちてるかんじ 友達のカレシみたいな人 冒険 体験 型にはまらない突進力」
(アポなしで書店営業に行った日)
「わけがわからない“たましい”のかんじ 希望 自分への信頼 誘惑 覚醒」
(150人の前で40分間「編集」や『here and there』についてレクチャーをした日)
「逃げながら必死に里芋を切っているかんじ くるくる回すぼうし 調和 汚名返上 実行力」
(京都市立芸術大学で「ZINEをつくろう ささやかな変革のために」ワークショップ授業の講師を担当した3日目。グループ制作課題が一段と発展した日)
「時間のむだづかい、お金のむだづかいを有効に行う 今日見た生き物の数 英知 視野の拡大」
(Lamp harajukuでの『here and there』 発売イベントで、志村信裕さん、谷口真人さんと午後のお茶の時間に在廊した日。帰りにUtrechtのタカノミヤ展『みえるものと みえてないもの』に寄り、たくさんの生き物や自然物の小さな陶器の像のなかからライオンの置物を買った)
ぼんやりと、でもはっきりと、「当たってる」と思える要素のある言葉たち。それは自分の一日を「こういうふうに、解釈することもできるな」と読み解く作業でもあるようです。
陵子さんは自分のつくったおみくじを毎日引いて、その言葉との出会いを楽しんでいるそうです。陵子さんはこう話しています。
「おみくじで毎日言葉を引くと、その言葉によって何が引き出されるのか。言葉の中のどこに焦点を当てるのか、言葉をどのように捉えるかは、その日その日の自分が選択したものでした。例えば『うずたかくつまれたぬいぐるみ』と出ると、具体的に積み重なった本を連想するときもあれば、たまっているメール、とか自分には手の届かない高み、などのような次元の違う事柄が浮かんでくることもあります。それは、普段あんまり意識してなかったことを考えるきっかけになったり、忘れていたことを思い出したり、1日を少しだけ活性化するような行為でした」(青木陵子)
陵子さんとは7月半ばに、京都市立芸術大学の講師として、NEW ERA ladiesのお2人とともに授業「ZINEをつくろう ささやかな変革のために」を一緒に担当しました。4日間のワークショップ授業の二日目に、おみくじボックスを大学に持ってきてくださったので、そこにいた人みんなで引いて、見せ合って楽しんだりもしました。
「おみくじをみんなでやってみると、そうか、そこをそう捉えるのか、と意外なこともあったりして。引いた人次第なんだな、ということが実際にわかって楽しかったです」(青木陵子)
陵子さんの個展『三者面談で忘れているノートブック』で展示されていたノートは、陵子さんが実際に生活のなかでつけているノートから抜粋して展示用に再構成されたものだった。そのノートには、夢を忘れないうちに記録しようとしてうまれた、落書きのような絵や走り書きのメモが、打ち合わせの記録や料理の手順を示す絵と、並列して記されている。
雑多な生活のなかではすべてが隣り合わせにあるということや、日常のささいな営みの仕組みをよく見ると世界の構造の理解につながることもある、という気づき。それは、異なる要素をあえて隣り合わせにして、それを一緒に見るからこそ得られる視点なのだ。その視点は陵子さんの絵のつくり方にもつながるし、また今回の、抽象的なおみくじの言葉の選び方にもつながっている。
「まず自分でおみくじのような言葉を一度考えてみたら、全然面白くなかったので(笑)、どうしようか悩みました。絵もそうなのですが、私はこういうものをつくろうと思ってつくるとあんまり面白いものができません。それで、普段つけているノートの中からおみくじとして活かせそうな言葉を選んでいくことにしたら、とても楽しくなりました。
絵をつくるときはなるべく最初に決めないでつくっていき、それをどのように組み合わせていくかというやり方をよくするのですが、言葉も絵をつくる方法と同じようにつくれるのではないか、というのが面白い発見でした。
全体をつなぐものがつくりたくて、言葉よりもっと抽象的になるのが良いと思い、図形をつけることにしました。この図形の絵も言葉から発生したのではなく、いろんな図形の絵を描いた後で言葉を組み合わせていきました。
どの要素も私が考えたというよりは、どこからかやってきて、私がやったのはそれを選んで組み合わせることをした。ですからなかこさんが、『とおくから聞こえてくるメッセージおみくじ』というタイトルを考えてくださって、すごくぴったりだ! と思いました。
おみくじをつくる段階も面白かったのですが、私にとって最もワークショップ的であったのは、おみくじを試しに毎日引いてみたことでした。時々びっくりするくらい当たるのも、世の中をつくる偶然の面白さを感じることができました。
占いというのは提示された言葉、見えない大きな力を闇雲に信じて、自分で何も考えなくなったり、決定することを放棄することのような気がどこかでしていました。ですがそのカラクリを自分でつくってみると、引いた言葉から何を自分が引き出すのか、という創造的なことなのだな、と思いました」(青木陵子)
なぜ、おみくじを「引く」というのだろうか。よく、運命や幸運を「引き寄せる」という言葉があるけれど、それは世界のありかたに対して自分の中にある何かが対応していて、その対応関係が目に見える気がした一瞬に、使われるのではないだろうか。いまこの自分が存在するから、世界と関わることができるし、営みに参加することができる。「ここにいる自分がいる。だから」という視点を持つことや、自分と世界のつながりかたが見えてくる気がする瞬間は、とても大切で、とても貴重なものだ。そのことをはっきりと意識することは、社会の大きな波にのみこまれずに、個を埋没させずに自分という軸をしっかり持つことにつながるのではないだろうか。