千鳥文化との出会い
お盆休みあけの8月17、18日の二日間、大阪の「千鳥文化」という名前のスペースで、私の個人雑誌『here and there』をつくってきたなかでも規模が一番大きな出版イベント『here and thereのにわ』を開催しました。
大阪の心斎橋から地下鉄で約15分の北加賀屋駅の周辺は以前、造船工場があったエリアで、造船業や海運業に従事していた人たちの住まいが並んでいます。今は空き家になっているスペースも多く、その一角に注目したdot architectsの家成俊勝さんたちが、北加賀屋でも作品を発表されているアーティスト金氏徹平さんの常設展示や、人の集うカフェやバーもある多目的スペース、千鳥文化を2017年夏にオープンさせていました。
私は金氏さんの展示を観に去年、初めてこのエリアを訪問しました。
北加賀屋のMASK、千鳥文化で行われた金氏徹平『Open Storage 2017「クリスピーな倉庫、クリーミーな部屋」』
千鳥文化の小部屋にわかれた自由な空間にひかれて、2日間だけ真夏の縁日を開催できないかなと思い立ったのは、『here and there』が完成間近の6月のこと。現地で打ち合わせを行ったのは、イベントまであと一ヶ月を切った7月20日。このときはまだ、ほとんど詳細が決まっていない状態でした。
縁日屋台とスーザン・チャンチオロ
『here and there』にはいくつかの裏テーマがあります。その一つが「出会い」。私が出会った人との印象深いかかわりを記録するメディアとして位置づけているのですが、同時に、雑誌を通して関わった人同士が出会う場や、読み手の方同士が出会う場をつくれたら、という思いを抱きながらいつもつくっています。
今回、小部屋にわかれた千鳥文化を、「縁日屋台」の場にできないかな、と思ったのはそのような背景があってのことでした。『here and there』にゆかりのある方たちのなかには、ステキなお店を開いている方も多いので、そんな方たちをお招きしたい。あるいは風呂敷を開くように、自分のお店を開きたい人にも集まってもらいたい。そうしたらそこではまた、物を通したステキな出会いが生まれてくるに違いない。日光土心のナオさんやLamp harajukuの矢野悦子さんが賛同してくださって、また京都のモアレさんや大阪の九鬼兄弟も参加してくれて、楽しい縁日ショップが2日間だけ出現しました。
薬膳としての心や道具を探求する日光土心の縁日屋台「かごや」では、籠や天然水晶などを販売
「かごや」にて登場した、大阪の「餅匠 しづく」から届いた美しいお菓子。「餅匠 しづく」さんは無農薬・無添加で「お菓子で百薬の長を目指す」という志のもと作品のようなお菓子を日々開拓されている
北加賀屋にアトリエを構える九鬼兄弟の屋台には、DOKIステッカーや植木鉢、ドローイングワッペンが
PUGMENTを取り扱うkayoko yuki galleryの出店では、今回の金氏徹平さんとのコラボレーションを記念したスカーフを販売
グラフィックデザイナー、小池アイ子さんと林さんが行ったのは、誌面のなかの好きな場所を切り抜いて缶バッジをつくる「缶バッジ屋台」
編集者の平岩壮悟さんは「即興プレゼント俳句」の屋台を出店。5・7・5の頭文字が依頼した人の名前の文字からはじまる一句を、オーダーした人によんでくれました
矢野悦子さんのInstagramより。目にすることが少なくなった板ばりの映画館のポスターを参照にdot architectsのスタッフがポスターの効果的な見せ方を考案してくださいました
2階の小部屋の奥には金氏徹平さんの作品が常設で展示されています。打ち合わせの最中に「私がもっているスーザンの絵や服などの作品を、金氏さんの作品空間の中で展示していただくのはどうか?」という話になりました。実際に、現地で金氏さんの作品の中に展示していただくと、相性がぴったり。布とおなじくらい木材や建築にとりつかれたアーティスト、スーザン・チャンチオロがこの場の守り神のように思えて嬉しかったです。
出版行為と自発性をめぐるトーク
17日は「アーティスト、編集者と語る本のこと」をタイトルにしたトークイベントを行ないました。金氏徹平さんと田村友一郎さん、『SHUKYU Magazine』の大神崇さん、私に加え、チラシを刷った時点では決まっていなかったPUGMENT大谷将弘さんもお迎えし登壇者が5人も並ぶトークに。この日は裏テーマを「自発性」にしてみよう、と考えていました。5人一緒に話すというのはどうなるのかな? とも思っていましたが、「自発的な出版行為」という共通項がしっかりとあったことで、現場はとても楽しく話がはずみました。
アーティストの金氏徹平さんと田村友一郎さんは、展覧会カタログもまた一つの作品としてとらえ、出版のユニークなあり方を追求されています。金氏さんが丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の個展の際に出版された『金氏徹平のメルカトル・メンブレン』は4冊にわかれたカタログを4人のアートディレクターと制作。田村さんは印刷物制作の際に組んでつくられることが多いアートディレクターの尾中俊介さんと、自身の2つの展覧会を『Week End / End Game』という1冊に記録しました。
サッカーを軸としたカルチャーマガジン『SHUKYU Magazine』の大神崇さんは、INFASという出版社を経て、VACANTというスペースでカルチャーイベントを担当してから雑誌を立ち上げた経緯について。また28歳で参加者のなかで最年少の大谷将弘さんは、ヒエラルキーのないファッションブランドを目指していると語り、指図しないで自発性から人が関わってくれる組織のあり方について、話してくださいました。
『here and there』というメディアも、自発的に関わってくださる方の集まりであり、私も自発的に、つくりたいと思ったときに出版する不定期刊行を続けています。『here and thereのにわ』はそんな媒体の刊行記念イベントなので、みなさんと改めて「自発性」ということをとりあげて、一緒に考えてみたいと思いました。出版にまつわる様々な冒険をしている方たちとこうして一緒にお話できたことは、とても有意義な時間でした。
千鳥文化商店のInstagramより。みなさんとても熱心に話を聞いてくださいました
金氏徹平さん×PUGMENT大谷将弘さん×小松千倫さんの「誌面を立体化するインスタレーション」
17日はとても楽しくて時間がたりないように感じられたため、18日は18時の開始時間を16時に繰り上げて、終了の21時まで楽しむことにしました。多忙なみなさんの集まりなので、設営は17日昼過ぎにはじめ、撤収も18日じゅうに行うことに。まさに、2日間限定のお祭りでした。
この日の目玉は、18時開始予定の、金氏徹平さんとPUGMENT大谷将弘さん、小松千倫さんの「誌面を立体化するインスタレーション」。開始時間に近づくと、来場者も吹き抜けのあるイベントスペースに集まってきて、両者とコラボレーションの機会の多いサウンドアーティスト小松千倫さんが音響を操作しはじめました。17日も演奏を披露してくれたkaya(モアレ+新川寛幸)も加わって、それとなく、自然に公開制作が開始していました。
京都に住む金氏さんと東京に住むPUGMENTの間でのコラボレーションは、制作過程をキャッチボールし合うことですすんでいました。7月上旬に本誌が刷りあがってきて、早速金氏さんに郵送すると、金氏さんは本誌の特集でヒアシンスを育てていた花瓶に雑誌を挿し、水を加えて「雑誌の水耕栽培」をしていたのです。2日間栽培されてたっぷり水を吸い、ふやけた誌面を撮影した画像が金氏さんからPUGMENTに送られました。
さまざまな画像の切り抜き・拡大・回転などをパソコン上で自在に扱い、コラージュすることで独自のイメージをつくり出すことを手法とするPUGMENTは、雑誌の水耕栽培からうまれた画像をパソコンで変換させていきました。誌面の色はそのままに、エッジにヒヤシンスの花の色からとったカラフルな色彩を配置するなどして鮮やかに再生された誌面のグラフィック画像が、再び金氏さんのもとに送られました。
京都でその画像を受け取った金氏さんは、大きな印刷機のある場所で、紙と不織布の素材にそれらのイメージを印刷。幅が約1m、長さが10mほどのロールに印刷され、会場に届けられていました。公開制作の時間がきて誌面のページが印刷された自立できるほどの紙の束が、吹き抜けのある会場にさらされると、空間がいつのまにか舞台に変貌していました。
kayoko yuki galleryのInstagramより
紙を破いたり、はさみで切りさく音がして、知り合いから徐々に紙を身体に覆いつけ始めた大谷さんと金氏さん。金氏さんが用意されていたガムテープ、連結バンド、クリップなどをつかって、その場にいる人の身体を次々に『here and there』誌面の紙が覆っていきます。
目の前の風景がどんどん変貌していくさまに夢中になって誰もが写真を撮っていました。その間に自分の身体の上にも紙が巻き付けられていくのですが、恥ずかしがる人もいなくて、ごく自然とその成り行きを受けとめていたさまが興味深かったです。
夜がふけて、誰かが記念撮影を撮ろうと言い出して、その場にいた人が千鳥文化の前の路上に集まりました。東京から来た人も、関西から来た人も、その場にいることを心から楽しんでいる様子を見ていて幸せになりました。
Special Thanks……
2日間、その場にいたスタッフの誰もが力をだしきっていました。なかでも夏休みに京都の美山からきてくれたKくんは、10歳という年齢で「かごや」さんの店長さんをつとめてくれました。店長さんの仕事は、肝心の会計です。おつりのやりとりも、気を抜けません。家族が暖かく見まもるなかで、2日間立派な店長さんを果たしてくれました。
千鳥文化のなかには古い道具を新しく見直す視点を投げかける新旧道具のセレクトショップ「千鳥文化商店」があります。今年の春からここの責任者をつとめる菊地琢真さんは、若干25歳で建築事務所dot architectsの一員でもあります。2日間、たくさんの出店者が出入りするイレギュラーな場を縁の下で支えてくれた菊地さんのがんばりで、たくさんの方が楽しい時間を過ごして帰ってくださいました。
今回大変お世話になったアーティスト金氏徹平さんとは、長い期間取材させていただいている関係です。2011年に『拡張するファッション』を上梓したとき、原宿のVACANTでトークイベントによんでいただいたので、私はスーザン・チャンチオロに興味があるという金氏さんをゲストにお迎えし、トーク会場には私の私物であるスーザンの服(本の表紙になったもの)を展示しました。今回は金氏さんの展示空間のなかにスーザンの作品をご紹介いただいて、とても嬉しかったです。本当にありがとうございました。