旅行以外でホテルに長期滞在するというなかなかない経験を心地よく過ごしてもらうために
―5月1日からHOTEL SHE, OSAKAで、5月8日からはHOTEL SHE, KYOTOでも「ホテルシェルター」の予約を開始しているそうですが、現在はどのような利用状況ですか?
合田:両方のホテルを合わせたいままでの累計で、20組くらいのお客様にご滞在いただいています。緊急事態宣言の解除に伴って滞在をやめられる方もいらっしゃいますが、京都だと平均10泊前後、長くて3週間くらい延泊されている方もいます。
―実際にサービスを使っている人からはどのような声がありましたか。
合田:家庭内の不安を理由に利用されている方が、思っていたよりもすごく多かったですね。また、家と職場が県をまたいでいる方が、ホテルが職場に近いという理由で宿泊されています。
―運営しはじめてから、見えてきた発見や課題などはありますか。
合田:旅行でもないのに、一週間も家ではない場所に帰って一人で過ごす経験って、人生であまりないと思うんです。だから、気持ちが落ち込む方もいるかもしれないと思って、滞在中の心のケアをどうにかできないかというのが、課題として見えてきていて。温もりが伝わるようなサービスができないかと考えています。
―具体的にはどのようなことを考えているのですか?
合田:お手紙やLINE上で、滞在中のお客様へのメッセージをお伝えしていきたいなと思っています。また、キッチンがないお部屋にご宿泊の方もいるので、食事の面のケアも大切だと思っています。近隣にお弁当を出しているご飯屋さんがあるので、そうした場所をまとめたマップもつくろうとしているんです。
「仮想の誰かを思い描くんじゃなくて、自分が日常生活の中でほしいと思ったものを、実現していくことが大事」
―SIRUPさんが「ホテルシェルター」のためにプレイリストをつくられていましたが、滞在する人のためのコンテンツとしてほかに考えていることはありますか?
角田:まだ構想段階ですけど、雑誌社と組んで滞在中に雑誌を読めるようにするなど、コンテンツの協力をしていただくご相談を企業の方としています。あと、「HOTEL SHE, KYOTO」には、詩人の最果タヒさんとコラボレーションした「詩のホテル」のお部屋があって。もともと「詩のホテル」はお部屋自体に最果さんの詩が散りばめられていて長い時間楽しめるので、泊まったお客様はお部屋からほとんど出ないんです。だから、「ホテルシェルター」とは相性が良くて。いまは泊まれないのですが、少しずつ状況が緩和されていったときに、遠方から来ていただくことは難しくても、近くに住んでいて体験されたい方がいたら、泊まって楽しんでいただくことはできるんじゃないかと考えています。
SIRUPによるプレイリスト「HOTEL SHE/LTER selected by SIRUP」
龍崎:ショッピングモールや映画やクラブに行くことがしばらくはしづらい状況だと思うので、ホテルがお出かけ先の一つになることは、ありえると思っています。私たちはもともと「詩のホテル」や「泊まれる演劇」などの企画を行なっていましたけど、そうした形で、宿泊体験自体にエンタメ性のある企画をしていくホテルも増えるんじゃないでしょうか。
最近、観光業としてのみホテルを続けるのは限界があると思っていて。私がホテルを始めた頃は「ホテルって寝れたら良くない?」という人も多かったですけど、この5年間くらいで、ホテル巡りを趣味にする人もすごく増えたと思うんです。だから、気長な話にはなってきますけど、生活のちょっとした不便を埋めていくための存在としてホテルを活用するような、新しい価値観や生活習慣を広めていきたいですし、実際にそうした用途で使いやすくなるプラットフォームづくりや、システムづくりに今後は取り組んでいきたいと考えています。
―今後、ほかの「ホテルシェルター」加盟ホテルでのサービス開始予定はどのようになっていますか?
龍崎:最終的には150施設の加盟を計画しています。深刻な状況から逃れるために使われる方も多いですが、自宅にいると息が詰まるからホテルで過ごしたい方や、勉強するために自分だけの時間をつくりたいという方など、もう少しカジュアルなニーズが、今後はある程度増えていくんじゃないかなと思っています。
―今回の「ホテルシェルター」のように、社会の中で見過ごされている問題点に着目したり、誰かの立場に寄り添おうとすることは、プロジェクトの種を見つけるうえでも、いち生活者としても大切なことだと思うのですが、どのようにしてそうした視点を得ていますか?
龍崎:私たちは普段から、「自分がお金を出してもほしいと思うものは、きっとほかの人もほしいはずだ」という仮説で、いろいろなプロジェクトをやっているんです。なので、今回の「ホテルシェルター」も、困っている人の視点に立って考えついたように見えるかもしれないですけど、実際には私自身が生活者として暮らすなかで気づいた部分も大きくて。
たとえば私の場合、手続きのためにハンコを押す機会が多いんですけど、ハンコは京都にあるのに、自宅が大阪だから、この状況のなかそれだけの距離を移動しなきゃいけないことにストレスを感じていました。そういうとき、私には自分たちのホテルに泊まるという選択肢があるけれど、ほかの人はそうしたくてもできないなと思ったんです。仮想の誰かを思い描くんじゃなくて、自分が日常生活の中でほしいと思ったものを、実現していくことが大事なんじゃないかと思っています。
より多くの人に使ってもらうサービスを提供するために、行政と連携。自治体はちゃんと話を聞いてくれる
―生活者としての実感や切実さという話で言うと、自分が一人の生活者として生きていることが、社会や政治とダイレクトにつながっているということを、コロナの状況であらためて実感している人が増えているように感じます。今回「ホテルシェルター」のプロジェクトにあたって、龍崎さんはロビイングを行われたそうですが、実際に行政に対して働きかけてみて、思ったことを教えていただけますか。
龍崎:「ホテルシェルター」に関しては、自分でお金を出すのは難しいけれど使いたいという方も結構いるんじゃないかなと思って。それを実現するためには、行政からなんらかの補助金が出たり、個人や企業に案内を出してもらうことが必要です。今後、私たちがつくったガイドラインに紐づいたセミナーをホテルに向けてやろうとしているんですけど、そういうことに対しても感染対策の補助金を出してもらえたりしたら私たちも嬉しいし、「ホテルシェルター」を使いたい人も助かると思うんです。なので、いろいろな自治体の方につないでもらって、相談のメールを送りまくっているんですけど、どこもすごく誠実に話を聞いてくださいます。相手にしてもらえるかも分からなかったけど、思い切っていろいろな自治体の方に話してみた結果、意外とちゃんと話を聞いてくれるんだなと思いました。
―そうなんですね。行動を起こそうとする方の励みになるお話だと思います。
龍崎:もし読者の方で、行政の力を必要としている人がいたら、チャレンジしてみる余地はあると思います。手練れな経営者の方に話を聞くと、「ビジネスと法律づくりはセットだよ」と言われるんです。私たちがいまやっていることは、法律を変えるまでには至らないですけど、ある程度はそうした意識を持つことが、より多くの人に使ってもらうサービスを提供するためには必要なのかなと思っています。議員さんや役場の方も、基本的には市民の声を聞きたいと思っているはずなんです。特に議員さんは地元の方からの支持がないといけないので、聞いたからには実現に向けて動いてくれる方もきっといるはずで。選挙のときも、どうせ誰かに投票するなら、地元の議員の方とコミュニケーションをとってみて、自分のお願いを聞いてくれた人に投票した方がいいじゃないですか。自分が有権者であることを実感する意味でも、コンタクトしてみて良かったと思いました。
―最後に、この記事を読んだ人が、「ホテルシェルター」を支援したいと思った場合にできることはありますか?
龍崎:寄付プラットフォームが公開されているので、そこから寄付してもらえたらすごく嬉しいです。今後、私個人やホテルのアカウントからインスタライブも行っていこうと思っているので、そちらも見ていただけたら。
角田:少し違う話になってしまうんですけど、今月はホテル同士のつながりや優しさを感じる場面がすごく多かったんです。いま「未来に泊まれる宿泊券」には、200近い施設が参加してくださっていて、実際にホテルの方たちとやりとりをするなかでも、すごく良くしてくださったり、感謝していただくことが多くて。戦うんじゃなくて、みんなで一緒に手を組んで、観光業全体を良くしていこうという思いを肌で感じています。
龍崎:本当にそうですね。一人勝ちしようとすべきタイミングじゃないと思います。私たちを応援するために「未来に泊まれる宿泊券」のサービスを使ってくださる方たちもたくさんいらっしゃいますし、いろいろな業界の方々と連携しながら進めることで、できることがたくさんあると思うので、感謝する機会が多いです。ホテル業ってこれまでお互いに連携することがあまりなかったんですけど、ホテル同士がお互いを高め合っていくこの関係は、大事なレガシーになるんじゃないかなと思っています。
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