新型コロナウイルス感染症の流行以来、人同士の接触を減らすため、「STAY HOME」という言葉が広く投げかけられ、自宅で過ごすことが呼びかけられるなか、さまざまな理由から、自宅にいることに不安を覚えている人たちがいます。そうした人たちがホテルをシェルターとして利用して、心身ともに安心、安全に過ごすことができる「ホテルシェルター」という仕組みをつくったのが、L&Gグローバルビジネスの代表取締役として「HOTEL SHE, OSAKA」など5つのホテルを手がけるホテルプロデューサーの龍崎翔子さんです。
さまざまな業界が窮地に立たされ、ホテルなどの宿泊施設を含む観光業も苦しい状況にあるなか、構想からおよそ一週間ほどで発表というすさまじいスピード感で進められたこのプロジェクトは、どのように立ち上げられたのでしょうか。「ホテルシェルター」の着想に到るまでや、そこから実際にどのように進行していったのか、また、行政に対する働きかけ方などについて、このプロジェクトを立ち上げた龍崎翔子さん、企画進行を務めた角田貴広さん、広報の合田澪さんにお話を伺いました。
いまこのような状況のなかで、何かをしたいけれど、自分に何ができるのかがわからなかったり、アイデアを得たものの、どのように進めるべきか、戸惑っている人は少なからずいるのではないかと思います。小さな歩みを着実に進めること、自分が心から「ほしい」と思うものをつくることなど、龍崎さんたちの行動にはたくさんのヒントがありました。
※取材は5月15日に実施し、当時は休業中でしたが、現在は「HOTEL SHE, OSAKA」「HOTEL SHE, KYOTO」のホテルとしての営業を再開しています。
暴力やハラスメントを受けている人、家族との関係に悩む人、出勤で家族にうつすことが不安な人に選択肢を与えるために始めた「ホテルシェルター」
―新型コロナウイルス感染症の流行が拡大しはじめてから、みなさんの宿泊施設はどのような状況にありますか?
龍崎:3月頃までは予約もたくさん入っていて、ほとんどダメージを受けていなかったんです。ただその後、緊急事態宣言が出るかもしれない状況になって、お客様と従業員の安全を守ることができない環境で営業を続けるのはヘルシーじゃないと思い、休業を決めました。4月5日のチェックアウトを最後に休業して、いまもL&Gグローバルビジネスが運営する全施設、通常のお客様のご予約をとっていない状態です(※取材当時。現在は6/1より営業再開しています)。
―「ホテルシェルター」を立ち上げるにあたっては、どのように着想を得たのですか?
龍崎:イタリアでDVの被害による死者数が通常より増えていたり(*1)、家に加害者がいるから電話をかけられないという理由で、日本国内のDVの相談センターにかかってくる電話の件数が減っているというニュースを見たりして、家族から暴力やハラスメントを受けている人たちにとって、みんながずっと家にいる状況ってすごく危険だと思ったんです。そこまでシリアスじゃなくても、家族との関係があまり良くなかったり、パートナーと喧嘩していたり、本人にとってはつらい環境に置かれている方は絶対にいるはずで。
同時に、医療従事者のお子さんが保育園で登園拒否されたり、家庭内がクラスターになったケースがあるというのもニュースで目にしました。「ステイホームしましょう」と言ったところで、ステイホームできるのは一握りの人で、出勤しないといけない人も多い。そんななかで、自分がウイルスにかかるリスクも最大限避けたいし、万が一自分がウイルスにかかっていたとしても、家族にうつしたくないと考えている人がたくさんいらっしゃることに気づきました。そうした方々にとって、ホテルで暮らすことが一つの選択肢になりうるのでないかと思って、「ホテルシェルター」を立ち上げたんです。
*1:新型コロナによる外出自粛で家がまるで監獄。DV・虐待・家庭内暴力から逃げるには?
「リスクがあるとしても、何もしないよりは世の中に対してポジティブなはず」。構想から一週間で立ち上げ
―着想を得てからは、どのように進めていかれたのですか。
龍崎:4月9日に「未来に泊まれる宿泊券」をリリースしたのと同じくらいのタイミングで、「ホテルシェルター」のサービスを考えついたと記憶しているのですが、実際に実施するためには、難しい点がたくさんあって。たとえば、万が一ホテル内で集団感染が起きた場合や、従業員の感染リスクを下げるための対応など、課題が諸々あって、始めの3日間くらいはずっとこの企画が実現可能なのか議論していました。
自分たちでガイドラインをつくって感染リスクを最小化しても、集団感染が絶対に起きないとは言えないし、そうした場合、「HOTEL SHE,」や会社のブランド価値を毀損するリスクも大きいです。とはいえ、リスクがあるとしても、何もしないよりは世の中に対してポジティブなはずだと思ったので、ほかのメンバーとも話し合って、最終的には会社としてこのプロジェクトをやろうと決めました。そこから諸々の細かいオペレーションを考えて、4月15日に「ホテルシェルター」をリリースしました。
―構想から実質一週間ほどでそこまで進められたんですね……!
龍崎:イラストレーターさんやデザイナーさんにも超特急でお願いして、ロゴとイラストは5日間くらい、WEBサイトは一晩でつくりました。それらをつくるのと並行で、そもそもこのサービスをやるかやらないかについて議論しつつ進めている感じでした。
穴埋め式でそのままホテルのオペレーションブックとしてシェアできるガイドラインをオープンソースとして開放
―角田さんと合田さんも立ち上げから関わられているのですか?
龍崎:二人とも初期から関わってくれています。特に角田さんとはずっと一緒にこのプロジェクトを進めてきました。角田さんは、もともと医学的なバックグラウンドがあるので、ホテル内の感染対策の実装について中心になって進めてくれました。
―それはすごく心強いですね。ガイドラインは感染症専門家医の先生が監修をされているそうですね。
角田:安全を守るためにガイドラインをつくるという課題は初期からあったので、僕が大学時代に医学部だったこともあって、ご縁があった先生との相談やガイドラインへの落とし込みについては僕が担当して進めました。
龍崎:ホテル運営者向けの新型コロナウイルスに対応したガイドラインが世の中になかったので、医療機関や、軽症者を受け入れるホテルに向けたものなど、膨大な量のガイドラインを参考に再編集したんです。
角田:たとえば先日、日本旅館協会が「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン」を出したんですけど、抽象的で難しい部分があり、実際のオペレーションに落とし込みづらい可能性があるかもしれないと感じて。
龍崎:だから、ワークシートみたいに穴埋め式にして、そこに担当者の名前などを書き込んで、そのままホテルのオペレーションブックとしてシェアできるようなものにしました。ホテルでは、外国から来た方や高齢者の方も多く働いていて、細かい字が読めなかったり、日本語があまりわからない方もたくさんいらっしゃるので、そういう方たちにもわかりやすいようにイラストや、ピクトグラムがメインになるようなデザインのガイドラインをつくっています。
―このガイドラインはオープンソースとして開放されていく計画だそうですね。
龍崎:そうです。今後オリンピックや大阪万博が控えているなかで、観光業をしっかりと立たせていくことが日本経済における主要命題になってくると思います。そのためにも、施設の安全基準は絶対にないといけないので、今後、自治体や全日本ホテル旅館協同組合などに対しても、このガイドラインを提供して、参考にしていただけるようにお話をしている状況です。
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