映画を届けるということに関して「Gucchi's以降」っていうのは絶対にあるなと思っていて。(山崎)
―山崎さんも映画をはじめ、多くの人にあまり知られていないカルチャーを紹介される機会が多いと思うのですが、そうした際に敷居を高くしないことについて意識されますか?
山崎:すごく意識します。まず「ドヤらない」ことはすごく大事ですよね。ほかの人が紹介していないものを紹介するときって、つい「どうだ」っていう態度になりがちなんですよ(笑)。
―ドヤらない(笑)。
山崎:敷居を高くしないことに関しては、トライアンドエラーで学んできたところがあって。たとえば仕事で、おすすめの映画を10本選ぶような機会をいただくことが結構あるんですけど、10本全部誰も観ていないような映画を選ぶと、手がかりがなさすぎて、みんなぴんと来ないですよね。だからといって、誰でも知っていたり、手軽に観られる作品だけを選ぶのは、一見フレンドリーなようでいて、観る人の世界が広がらないし、ちょっと馬鹿にしているようにも思うんです。
なので、紹介する場によって少し配合を変えるんですけど、10本のうち8本くらいは多くの人に知られている作品にして、2本くらいはまだ日本で上映されていなかったり、観るためのハードルがちょっと高い作品を選ぶようにしています。でも、実際にそうやって紹介した映画を観てもらうための機会をつくるところまで私はやったことがなかったので、お二人の活動はすごく良いなと思っているんです。
―個人で映画を上映することってすごくハードルが高そうに感じるのですが、お二人はどのように始めていったのですか?
山崎:Gucchi'sさんは上映会のメソッドをほかの人にも伝授しているよね?
降矢:そうですね。僕が最初に行った上映会は、先ほどもお話が出ていた藝大での『アメリカン・スリープオーバー』なんですけど、藝大の大学院に通っている知人から、藝大のイベントの一環として、一緒に上映をしないかと声をかけてもらったことがきっかけでした。声をかけてくれた知人も僕もまったく経験がなかったので、手探りで映画の制作会社をネットで調べるところから始めてメールを送ってみたら、普通に連絡が返ってきて。意外とあっさり上映できてしまったんです。
僕は大学で映画の勉強はしていましたけど、映画関係の会社に勤めていたわけじゃないですし、始める前はどうしたらいいかわからなかったです。藝大で上映するという前提があったから踏み出せた部分もありました。でも実際にやってみたら、僕がどこの何者であるかを問われるわけじゃないし、個人であってもできるという感触を得られて。だからほかの人も絶対にできるし、やりたい人にはぜひやってほしいと思っているから、上映会をやる方法について聞かれたときには、自分が経験したことは共有して、宣伝を手伝ったりもしています。自分だけで囲い込んでもなんの意味もないですし。
井戸沼:私は田舎で育ってきて、TSUTAYAで面出しされてる人気映画に辿り着くのが精一杯みたいな、文化に飢えている状態が長かったんですけど、東京に来たら映画館以外でも、Gucchi'sさんのような自主上映団体が面白い映画を紹介していて。東京なら何をやっても悪目立ちしないし、自分でも上映会ができる気がするという予感がして、始めることができたんです。だからGucchi'sさんの上映会に出会えたことは、すごくありがたい経験でした。
山崎:映画をつくることもどんどん身近になってきていると思うんですけど、映画を届けるということに関して「Gucchi's以降」っていうのは絶対にあるなと思っていて。降矢さんたちの活動によって、個人が上映会を行うことがすごく身近になったと思うんです。だからお二人にはいまの活動をぜひ続けてほしいと思っているのと同時に、良い映画を上映しながら路上で死なないでほしいんですよ。
一同:(笑)。
降矢:気をつけます。
山崎:お客さんにとっても面白い作品を供給してくれる人が途切れちゃうし、上映する人がすべて失ってしまうようなことは、誰にとっても良くないから。
映画をずっと好きでいたいし、もっとみんなと映画の話をするために「肌蹴る光線」をやっている。(井戸沼)
―多くの場合、お金の面で関わる人たちみんなにとって健全な状態であり続けることは、インディペンデントな活動につきまとう課題だと感じます。
降矢:毎回、一番頭を悩ますところなんですけど、少額でもきちんとギャランティなどはお支払いしつつ、赤字にはしないように心がけていて。そうじゃないと継続できないし、上映会をやることをほかの人に自信を持って勧められないですよね。僕が山崎さんの活動を見てそう思ったように、自分が楽しくやっている姿勢を見て、誰かが自分もやりたいと思ってくれたら嬉しいという気持ちでやっているので、「お金のことは別にいいんだ」という精神も大切だと思いますが、それだと上映活動が映画のために様々なものを犠牲にできる特別な人だけのものになってしまう。上映活動は誰もができるという意味で開かれたものにしたいですし、継続可能な形で届けていくためにも、上映回数を増やしたり、オンラインでの配信もやらせてもらえるように交渉したり、ある意味での「軽薄さ」を持ちながら、できる限りいろんな手段を使って、経済的にも成り立たせることは大事だと常々思っています。
一方で、インディペンデントの小さな作品を扱えるのは、小さい団体だからこその強みです。配給会社の場合、社員を養うことを考えると、大きな収入につながらない映画は、どんなに良い作品でも公開しづらいかもしれません。少人数でやっているからこそ、できることもあると思っています。
井戸沼:映画をずっと好きでいたいし、もっとみんなと映画の話をするために「肌蹴る光線」をやっているので、降矢さんと同じく、赤字になったり、自分が苦しみながら紹介するような活動にはしたくないなと私も思っています。私はShe isの運営母体であるCINRAで働きながら上映会をやっているんですけど、誰かと一緒に何かをすることも素晴らしいことだと思いつつ、一人でやることによって何にも縛られずに、自分の好きな作品を確信を持って揺らぎなく届けることができる良さを感じています。キャパ200人の会場で一週間ロードショーするのは難しい作品だったとしても、50人くらいの規模で1日だけ上映するような形で良い作品を届けることができるのは、個人の企画ならではだと思います。もちろん企画が失敗した場合は、全部自分がかぶることになるのですが(笑)。
降矢:そういうこともあるよね(笑)。
山崎:肌蹴るは第一シーズンが終了するんだよね?
井戸沼:はい。小規模な分、人とのつながりでやらせていただいていた部分が大きく、ずっと肌蹴るを支えてくださったアップリンクの倉持さんという方が退社されるので、その方への思いもあって、いったん区切りをつけるために「第一シーズン終了」という形にさせていただきました。今後も上映会は行いつつ、上映以外の方法でも映画を伝えるための活動ができる機関にしていけたら良いなと思っています。
山崎:お二人の活動は自分が映画を観て完結するだけじゃなく、みんなに届けようとしているところが良いなと思うし、私はやっぱりそうやって誰かが手渡そうとしてくれたものを観たいです。今は情報量も多いし、端から端まで頑張って観ている方もいるけれど、そうすると観るのを「こなす」のに精一杯になってしまうこともある。愛して、大事に思って手渡そうとする人がいて、映画は伝わっていくものだと思います。だから、個人であっても上映会という場で映画を届けることができるのはすごく良いことだし、こういう火が消えないでほしいと思います。