一方的な愛が、どこかで報われる瞬間があるんです。それがどんな場面であるかはわからないけど、ときどき世界が微笑み返してくれることがある。(山崎)
―山崎さんが文化やつくり手を紹介する際も、やはり誰かに「手渡したい」という思いを持っていらっしゃいますか?
山崎:私はつくり手じゃないかもしれないけれど、何かと何かをつなぐ糸になれたと思えた瞬間はあって。誰かに手渡すことができたり、手渡したものが誰かの中で花開いたりするようなことがあると、すごく嬉しいんです。もちろん、そうした結果だけを追い求めるのは違います。まず前提として、私は好きなものを好きだと言いたいし、愛を表明したい。誰かや、何かに愛を持つことは、それ自体が幸せであると思っています。けれど、そうした一方的な愛が、どこかで報われる瞬間があるんです。それがどんな場面であるかはわからないけど、ときどき世界が微笑み返してくれることがある。だから、降矢さんが私の仕事を見ていてくれて、Gucchi'sが生まれたり、そこから上映会のムーブメントが起きて、井戸沼さんのところまで届いたことが素晴らしいと思うし、そうしたことが一度でもあると頑張っていきたいなと思います。
井戸沼:肌蹴るで最初に上映したのは『凱里ブルース』という作品なんですけど、とあるインディペンデントな上映会で初めて観て、めちゃくちゃ感動したんです。この映画についてもっと誰かと話したいという思いが、上映会をやる動機にもなりました。そうやって誰かの熱烈な思いを真正面から受け取って、たとえ小規模でも自分がまた誰かに手渡すことをしたら、今度はそれを観た大阪のシネ・ヌーヴォさんが、同作を上映してくださったりして。結果的に『凱里ブルース』は今年劇場公開されることが決まったんです。これは本当にレアケースですけど、さきほどまどかさんがおっしゃっていたように、そうして世界が微笑み返してくれるような出来事があると、すごく嬉しいです。私はまどかさんの発信されることをずっと見ていた人間なので、上映会にいらしてくださったり、今日のような機会をいただいて、いまのところまどかさんからは受け取ってばかりです。
『肌蹴る光線』が2018年に上映した『凱里ブルース』予告編(監督:ビー・ガン)。『凱里ブルース』は6月6日からイメージフォーラム他にて全国順次公開される。(Webサイトはこちら)
山崎:『JOHN FROM』は肌蹴るがなかったら出会えなかった大好きな映画だし、それがきっかけでほかのポルトガル映画にも出会えたので、手渡してばかりじゃなくて、教わっていると思っていますよ。
井戸沼:わあ、嬉しいです……!
山崎:Gucchi'sさんについても、私が観たいなと思った映画は、だいたい降矢さんが買い付けてくれるので、いつも待っているんです(笑)。
降矢:ありがとうございます(笑)。僕は、自分が面白いと思ったり、救われたと思える映画があったら、僕以外にもこの映画を必要としている人たちが絶対にいると思っていて。そういう人たちに、上から知識を教えるのではなく「この映画観たかったでしょ?」って一緒に映画を観たいという気持ちでやっています。さきほどもお話したように、映画を上映することはほかの人でも絶対にできますし、僕は誰かの特別な一本をもっと観たいから、お互いの特別な一本を観せあうような関係が広がることはみんなにとって良いことだなと思います。
映画館という場所は絶対になくなってほしくないですが、「映画は映画館で観るもの」と決めつけたくはないんです。(井戸沼)
―新型コロナウイルスの影響によって、映画界も大きな打撃を受けて、「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」や「Help! The 映画配給会社 プロジェクト」のような動きもありましたが、皆さんがいまの状況において考えていることを伺いたいです。
山崎:映画館や、配給会社や映画会社はすごく大変だと思いますし、二人もきっと状況の変化がありましたよね。
井戸沼:そうですね。本当は第一シーズン終了にあたってアップリンクで上映しようとしていた『すべてが許される』という作品を急遽オンラインでの上映に切り替えました。
降矢:僕も予定していた上映が中止になって、今後の上映予定が立てられない状況です。
山崎:いまはお家にいれば映画がやってきてくれますし、それはそれで楽しいんですけど、やっぱり映画館で映画を観たいですよね。映画を観る行為って、作品だけを観ているわけじゃなくて、行くまでの道のりや、何を食べて、何を飲んだか、隣の人がうるさかったり、終わったあと誰かと話をしたり、興奮して何かを買ったりした経験も含めての体験だと思うんです。だから映画館へ行くという選択肢が奪われてはいけないし、存続させなきゃいけないと強く思います。
井戸沼:私も映画館の存続についてはよく考えています。劇場で配給会社が映画を上映してきてくれたからこそ、自分が上映会を行うことが異なる選択肢を提示する役割になっていたと思うし。だから「ミニシアターエイド」のようなクラウドファンディングが立ち上がったときは、なんとかしたいと思って参加しました。でもその一瞬だけじゃなくて、ずっと同じ目線で、長い時間をかけて何ができるか考えていくことが大切なのだとすごく感じています。「応援」と「フックアップ」って何が違うかを考えてみると、立場や関係性とともに、その対象にかける時間の長さにも違いがあるように思うんです。そういう意味で、私は映画を「応援」するために、あらためて映画についてじっくり考えていきたいですし、そうしたときに、山崎さんや降矢さんのように一緒に前を向いてくださる方が周りにいることはすごく心強いなと思います。
降矢:映画館がコロナの影響で閉まってしまったときに、映画館の生の声がSNSを通して聞こえてきて、やっぱり映画館って本当にぎりぎりの状態でやられているところが多かったんだという厳しい現状をあらためて感じました。今後、映画館が再開していっても、いままでとは状況ががらっと変わってしまうのではないかと思っていて、劇場で観ることの素晴らしさを伝えるのと同時に、山崎さんがおっしゃっていたように、誰と観て、何を食べて、隣の人がこんな風だったというような、劇場的な体験をオンラインでもできるような、新しい鑑賞の方法をつくらないと、映画がどんどん衰退してしまうかもしれないと考えているんです。自分の中でもまだ具体的な答えは出ていないんですけど、今後Gucchi'sとしての上映を、劇場でやるとしてもオンラインでやるとしても、いままでにない新しい体験をしてもらえる形でできたらと思っています。
急遽オンライン配信に切り替えた『USムービー・ホットサンド』の刊行イベントのアーカイブがYouTubeで配信中。She isの野村由芽・竹中万季も出演。
井戸沼:今回、オンライン上映をしてみて、思ったよりも多くの反響をいただきましたし、皆さんがいろんな時間帯や、それぞれのシチュエーションのなかで映画を楽しんでくださっていたことがすごく良いなと思って。暗闇で映画を集中して観ることがすごく好きな一方で、オンライン上映の良さというのも、確かにあるのだなと感じました。
―最近は、ドライブインシアターが再び着目されていたりもしますね。
山崎:ドライブインシアターって良いですよね。劇場じゃなくて、ドライブインシアターで観るのにぴったりな映画もきっとあると思います。
井戸沼:友人が「Holywheelin' Theater & Radio」というドライブインシアターのイベントを企画していて、応援しています。映画館という場所は絶対になくなってほしくないですが、「映画は映画館で観るもの」と決めつけたくはないんです。もちろん作品の作り手が「ぜひ映画館で」とおっしゃる場合は、映画館という選択肢をなるべく選びたいですが、それと同時に、まだ見ぬ映画鑑賞の形を含め、映画を観るためのさまざまな選択肢を肯定して、残していくことも大切なのだと思っています。
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