2年連続でグラミー賞授賞式の司会に任命。ポップ・ミュージック・アイコンとしてのキャリアとともに「脱いでいく」ことを選ぶ
高橋:『Here』のアリシアは「孤高」な印象があったんだけど、そのあと#MeTooムーブメントの台頭を受けて女性アーティストを冷遇してきたグラミー賞の体質が問題になったとき、主宰のレコーディング・アカデミーが「生まれ変わったグラミー」のイメージアップとして打ち出してきたのが2019年の第61回授賞式でのアリシアのホスト起用だった。女性がホストを務めたのは、第47回(2005年)のクイーン・ラティファ以来14年ぶり。アリシアはグラミー賞を15回も受賞しているし、ちょうど彼女は2018年6月に音楽業界で働く女性の地位向上を目的としたキャンペーン「She Is The Music」を発足したばかりだったから、これはすごく良い人選だと思ったな。
スー:そうね、かつ、若くて女性であるという。
渡辺:グラミー賞においては、2019年、そして2020年と2年連続、アリシアが司会を務めました。彼女の司会っぷりをどのようにご覧になりましたか?
スー:楽しませることに対して、常にレイドバックしている印象。あの大舞台で、肩の力が抜けているように見せられるのがすごいと思った。
高橋:そうそう。前年のジェームズ・コーデンがそうであったように初めてのグラミー賞ホストとなったらガチガチに気合い入れて臨むのが常だと思うんだけど、アリシアはしれっとステージに現れてきてちょっと拍子抜けしちゃったぐらい。その「素」な感じはすごくアリシアっぽかったけどね。
YouTubeのアリシア・キーズのチャンネルで公開されている、2020年のグラミー賞を振り返るムービー(YouTubeで見る)。
渡辺:アメリカの音楽界の中心にいる人が司会をするとああなるんだなって、しっくり来ましたね。たくさんのステージを乗りこなしているだけあるな、と。グラミーが抱えていた内輪のゴタゴタも全てアリシアの肩に乗っかっているように感じて、非常に重責だなと思って観ていたのですが、流石の采配具合でした。
高橋:あのときはまずアリシアがステージに現れて、彼女が軽く挨拶をしたあとでレディー・ガガ、ジェイダ・ピンケット・スミス、ジェニファー・ロペス、ミシェル・オバマ前大統領夫人を招聘してフェミニズムを主張するという歴史的なオープニングだった。このラインナップから業界内におけるアリシアの信頼の厚さがよくわかるんじゃないかな。
スー:そこを繋げる人ってなかなかいないもんね。ポップ・ミュージック・アイコンとしての存在感は、やはりすごく強い。でもさ、最初はみんなポップ・ミュージックとして売り出されるわけじゃん。(ビヨンセがリーダーを務めていた)デスティニーズ・チャイルドもそう。場合によっては、アイデンティティを消し去るようなフィルターをかけられた状態で売り出される。そこで、アリシアはキャリアとともに脱いでいくーーさっきも言った、武装解除だけどーーことを選んだ。
渡辺:確かに、脱いでいく感じはありますね。そこで、今回のセルフタイトル・アルバム『ALICIA』にも繋がっていく。
スー:このジャケ写もそうだよね。逃げも隠れもしない感じが表れてる。
高橋:年を追うごとに自然体になってきている印象はあるね。新型コロナウイルスの感染拡大でステイホームが提唱され始めた今年4月、息子のエジプトくんのキーボードの伴奏でビル・ウィザーズの“Lean On Me”を歌った動画をSNSに投稿していたけど、あの飾らなさがいまのアリシアの良さなんだろうな。
自宅にて、息子エジプトの伴奏で「Lean On Me」を歌うアリシア・キーズ #BillWithersRIP pic.twitter.com/LE9kzl8gD9
— 高橋芳朗 (@ysak0406) April 11, 2020
コロナ禍の中、フロント・ラインで戦う医療従事者らへのメッセージ・ソングとしても機能した“Good Job”は、台所で息子の哺乳瓶を洗っているときにも励まされた一曲
渡辺:今回のアルバム、私としては原点回帰的な力強さも感じたのですが、お二人はいかがでしたか?
スー:驚いたのは、タイミング的なところかな。例えば“Good Job”はコロナの一年くらい前に書かれたものなんだよね。
渡辺:“Good Job”は知られざるヒーローたちヘの感謝と激励のメッセージを歌った曲で、コロナ禍の中、フロント・ラインで戦う医療従事者らへのメッセージ・ソングとしても機能していて。CNNが放送した『特別番組:新型コロナ問題緊急対話集会』で初披露された一曲でもあります。
2020年 5月11日に放映された、新型コロナウイルス救済チャリティ特別番組『Rise Up New York! The Robin Hood Relief Benefit』でもアリシア・キーズは“Good Job”を演奏(YouTubeで見る)。
スー:そうそう。“Good Job”には、普段の彼女の気持ちがちゃんと表れている。経済的にも社会的な地位にも恵まれている人が、名もなき市井の人に感謝するのって本質的にはとても難しいことだと思うの。ともすれば嘘っぽくなっちゃうというか。
渡辺:偽善的になりがちですよね。
スー:アリシアはその “難しいことをシンプルにできる人”なんだなって思った。“Good Job”や“Underdog”を、ちゃんと市井の届くべき人に届くように歌うことができるっていうのは、才能を超えた生き方の哲学があるから。
2020年3月29日に行われた、アーティストたちが自宅からのパフォーマンスを行ったバーチャルチャリティ特番「The iHeart Living Room Concert For America」。アリシアはこの番組で<これは挑戦者達への賛歌/やりたいことを続けなさい/必ず報われる日が来るから/立ち上がる時が来る>というメッセージが込められた“Underdog”を歌った(YouTubeで見る)。
渡辺:“Good Job”がアルバムの一番最後の曲として収録されているのもいいなと思いました。私は『ALICIA』がリリースされた金曜日の深夜にこのアルバムを聴いていて、台所で息子の哺乳瓶を洗っているときに“Good Job”が流れて来たんです。私もアリシアに「お疲れ様、あんたはよくやってるよ!」って優しく励まされているような気がして、めちゃくちゃ泣けました。
高橋:いいね、生活に根差したソウル・ミュージック!
スー:それがすごいところだよね。ウィメンズ・マーチに出たり、社会活動を続けたり、実際に行動しているからこそ、メッセージがちゃんと届くんだろうね。唐突感がないっていうか。