自分と他人の許せるラインが違うことを知っているからこそ、臆病になってしまう。(文月)
─ひらりささんは、もともと『私をくいとめて』に関心をお持ちだったんですよね。
ひらりさ:大九明子監督の『勝手にふるえてろ』(2017年)が大好きで。 当時熱烈なファンの方が刊行した同人誌に呼ばれて、座談会に参加しました(笑)。
─すごい……! 『勝手にふるえてろ』の主人公・ヨシカは20代半ばで、みつ子は30代前半ですよね。主人公の年齢が異なることで、描かれていることに違いは感じましたか?
ひらりさ:ヨシカは24歳で、10年間一人の男性に片思いをしていて誰とも付き合ったことがないから恋愛に臆病という設定。それに対して、みつ子は過去に彼氏もいて、人生の歩みを進めてきた中で傷つくきっかけになったいくつかの出来事が次の人間関係を拒んでいる状況です。
「傷つく出来事」というのはわかりやすい一撃じゃなくて、社会に出てちょっとずついろんな場面で人間関係や社会に絶望することで、次の一歩を踏み出せなくなっている。この「ちょっとずつ」社会や他人への信頼がなくなっていく気持ちは、30を過ぎた今だからこそよくわかります。経験が蓄積されてしまって、新たな人間と出会うのも、その人の魅力を確かめるのも疲れてしまう感覚というか。
『私をくいとめて』 ©2020『私をくいとめて』製作委員会
文月:過敏なセンサーやブレーキみたいなものがはたらいてしまう頃かもしれません。「この人は私を傷つけないだろうか?」「相手を傷つけてしまうかも」と考えすぎて踏みとどまる。「完璧な人なんていないから許しあって生きていこう」というのは正論なんだけれど、自分と他人の許せるラインが違うことを知っているからこそ、臆病になってしまう気がします。
何も聞かずにこまめに気遣う人が実質的な救いになることもあるだろうなと思っていて。(ひらりさ)
ひらりさ:私は、自分の選択を自由に重ねているみつ子の会社の上司であるのぞみ先輩がとっても好きで。3年後くらいには、臼田あさ美さん演じるのぞみ先輩みたいになりたいと思いました。
文月:のぞみ先輩のキャラクターはかなり立ってましたよね。どのあたりで思われましたか?
ひらりさ:具体的に描かれてはいないんですけど、みつ子が会社でハラスメントをされた時に、側で支えいてくれたのがのぞみ先輩。私はそういう話を聞いたら「ひどい!」と事を荒立ててる方向に持って行きがちなのですが、会社って、それが必ずしも事態の解決につながらないことも多い。 何も聞かずにこまめに気遣う人が実質的な救いになることもあるだろうなと思っていて、のぞみ先輩が、それができる人なのがすごいなって思ったんです。
文月:なるほど。私が二人の関係を見ていて思い出したのが、はるな檸檬さんの漫画『ダルちゃん』でした。会社での居場所を失いかけていた主人公を手助けしてくれる上司が登場するんです。その人が抱えている孤独を見抜いた上でそっと手を差し伸べてくれる人がいることは救いになりますよね。恒常的に会社などで顔を合わせて、なんでもない時間も自分のそばにいてくれる人が日々を支えてくれる強さはあるなと思います。
─恒常的に自分を支えてくれる存在、という意味では、みつ子には自分の分身である「A」という脳内の相談役がいます。彼の存在も重要でしたよね。
文月:ともすれば自意識過剰になり、感情的になってしまう主人公が理性を働かせるためにAは機能していましたよね。話を聞いてくれるAがいるおかげで、彼女はくいとめられている。決して別人格があるというような特殊な設定ではなく、誰にでも当てはまることだと思います。私もよく「信じられるのは自分だけ」と言い聞かせたり、自分を励ましてしんどい場面を乗り切ることが多い。日々感情的な自分とそれを食い止めてくれる理性的な自分を、行き来しながら生きているんじゃないかと思いました。
ひらりさ:『私をくいとめて』も『勝手にふるえてろ』も、“ヒロインのひとり相撲”ムービーですが、ちょっとタイプが違っていて。『私をくいとめて』のみつ子は「おひとりさま」を堪能できるぐらい自分の守り方を完璧に知っていて、そこから一歩踏み出せるのか自問自答を繰り返す。物語の重要な転換点には他人が出てくるけれど、結局は分身であるAと相談して、みつ子がどうしたいかで決めているのがいいなと思いました。のんさんの演技があまりにもよくて、みつ子のひとり芝居を永遠に見ていたくなる中毒性もありましたよね。
文月:Aの声がその場で本当に聞こえているかのような、のんさんのくるくると変わる表情が魅力的でしたよね。おひとりさまを満喫しながらも急に虚無感に襲われたり、高揚したり、ひとりぼっちの自分に気づいて狂おしい気持ちになったり。他者と深く関わることに混乱して、みつ子がパニックになるシーンも印象的でした。自分を完璧に守れていると思っていても、状況の変化についていけない場面もありますよね。