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さまざまなる衣装/囲障/異称/意匠としての「制服」考/2.417c

飛行機の乗務員が考察する、制服の過去・現在・未来

2019年9・10月 特集:よそおうわたし
テキスト・撮影:2417c 編集:野村由芽
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3:人生の通過点の一時期をよそおう意匠としての制服

ほかのどんな種類の衣服よりも「いずれは脱ぐもの」という性質が際立っているのも、制服の特色だ。終身刑の囚人でもないかぎり、制服は生涯にわたり着続けるものではないからである。
それゆえに制服はどんな衣服よりも脱いだあとの躰を想起させる力を持っている。

テルアビブ美術館新館 イズラエル

生涯の一時期、その人が特定の団体に属して特定の役割を担う期間というのは、多くの場合、ひとつの通過点にすぎない。

さまざまな可能性を抱いてこの世に生を受けた(科学者にも、音楽家にも、主婦にも、テロリストにもなれたであろう)人間に「現時点のあなたは現時点のあなた以外のものには決してなれない」という現実を突きつけるのも制服の機能のひとつであり、これは驚くに値しない。

バービカン・センター ロンドン

昨日まで最良とされたよそおいのルールも、明日にはすっかり通用しなくなっているかもしれない。

最先端のよそおいを意味するVogueの語源は「流れを上手に漕ぎゆくこと/たえまなく動く潮流そのもの」だという。

東方明珠電視塔 上海

以上、おもにエアライン界隈における今日のさまざまな制服事情の、少なくとも私の気をひいたものごとの間は、遊泳したと信ずる。
私は、なにかを求めようとしてこれを書いたのでは決してない。ただ一つの通過点に拘泥しすぎないために、むしろあらゆる通過点を肯定しようと努めたにすぎない。

ケンジントン・マーケット トロント

付記:よそおいによりそう音楽、本たち

土屋昌巳『Tokyo Ballet』
華やかな都会でひとり戦う女性にとって「よそおい」は必要不可欠な武器であり、ときに慰めとなる現実をみごとに美しく歌い上げる。

Malcolm McLaren featuring Catherine Deneuve“Paris Paris”
ファッションと音楽の融合の立役者のひとり、マルコム・マクラーレンがカトリーヌ・ドヌーブに「歌わせよう」とするも優雅に断られる、徹底的にスタイリッシュかつエロチックなパリへのアンセム。

Malcolm McLaren introducing Lourdes & Willi Ninja“Deep In Vogue”
マクラーレンのこのNo.1ヒット曲が、80年代中盤から勃興したNYハーレムの主に黒人とラテン系ゲイ男性によるアンダーグラウンド・ドラァグ・ボール(舞踏会)カルチャーを広く世の中に知らしめるきっかけになった。
最上級のよそおいに身を包んだ彼らが「切実にこうありたかった自分」を演じる激烈な戦いと人間模様を描いたドキュメンタリー映画「パリ、夜は眠らない。(1991)」も参照のこと。

Aleide“1, 2, 3”
2015年サンローラン春夏コレクション発表会のランウェイ使用曲。
シュワシュワ甘口の仏語ラップが骨太なアレンジと絡んだり突き放したりの抜き差しがおしゃれ。

松田聖子“恋したら、、、”
いちばん大切な人と会う前の緊張と高揚、隠密な予感のすべてが<服を選ぶときあなたを思い出す 鏡よりあなたの眼が大事だから>に集約されている。
よそおいの先に流れる二人きりの時間はいつも矢のように過ぎるので、覚えてない夢を見ているのかもしれない。

鶴見和子『きもの自在』(ちくま文庫)
社会学者として内外で活躍した彼女のゆたかな知見とよそおいの美学・楽しさをバランス良く味わえるありがたい一冊。哲学者の鶴見俊輔は筆者の弟。

三島由紀夫『女方』(新潮文庫『花ざかりの森・憂国』収録)
よそおいの極致であるきらびやかな舞台との共存を運命付けられた舞台裏は、しばしば幻滅の象徴として描かれるが、その幻滅じたいがあまりにも美しい場合には想像以上の地獄が待っている。

蓮實重彦『伯爵夫人』(新潮社)
ある筋から聞いた話によると、蓮實氏の母上は戦中ついに絹のストッキングが払底したとき世界の終わりを迎えたような半狂乱に陥ったらしい。
左右のターンテーブルに置いた別々の音盤をシンクロしながらプレイする要領でこの『伯爵夫人』と三島のレズビアニズム短編『春子』を同時に読むと面白い。社会に不穏と戦争の匂いが立ち籠めても、女の裾を割った脚の奥はいつの世も重くしずかな肉色に潤んで「機会」を伺っている。

菊地成孔『服は何故音楽を必要とするのか?』(河出文庫)
2004春夏ミラノから2008春夏パリまでの膨大なコレクション発表会の観覧記録(ならびに彼自身の来し方)が、服飾そのものよりもショウで使用される音楽とその理論・歴史に基づいて展開される。2007春夏メンズの項で「黒人の米大統領やパリモードデザイナー誕生が僕の夢」と記していた筆者がいま見ているのはどんな夢だろう。

ステイシー・レヴィーン『ケーキ』(河出文庫 岸本佐知子 編訳『居心地の悪い部屋』収録)
「よそおい」という今回のテーマにまず思い浮かべたのが「Rig」という動詞で、これは装う・着飾る・装備する・出帆に向け船を整えること(ときには八百長を膳立てする行為なども)を指す。ふだんの自分とは違うなにものかになろうとする行為で浮かび上がる「距離」は自分と外界との間だけにあるわけではなく、ときには自分と自分自身とのあいだに思いもしなかった「距離」を発見することもある。

小林秀雄『様々なる意匠』(新潮文庫『Xへの手紙・私小説論』収録)
いうまでもなく本稿はこちらの剽窃です。
これを目にした方は何かのご縁なので、とりあえずこの一冊を手に取ってみてください。
ほんの少しの寄り道が、よそおいに魔法をかけることもあります。

(参考 AIRWORLD: Design and Architecture for Air Travel / Vitra Design Museum刊 ©2004)

PROFILE

2.417c
2.417c

飛行機の乗務員 / 英語圏某港湾都市在住 / 湯船の中 / 映画館 / 素数

さまざまなる衣装/囲障/異称/意匠としての「制服」考/2.417c

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