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地毛証明書/燈里

私の髪よ、もっと波打て。もっとうねれ。もっと頑固に。野蛮に

2020年7・8月 特集:癒やしながら
テキスト:燈里 編集:竹中万季 写真:カレン・ピットニー
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レオが今日も私の髪を触って呆れて言います、「見て、また指が通らないんだけど? ちゃんと髪を手入れするようにいつも言ってるのに」。レオはドラァグクイーンのNymphia Windに変身した際に被る、巨大でカラフルなカツラを梳かすためにブラシを持ち歩いています。そのブラシで、私の絡まり合った長髪を細かく区分けし、毛先から少しずつ丁寧に梳かしていきます。「古代から東西問わず様々な宗教や文化において、髪は生命力の象徴であり、神秘的な魂が宿ると信じられていた。だからより強い霊力を引き寄せるために、髪は切らずきちんと手入れしたらしい」。レオがそう話しながら私の髪の毛を梳かす時、私の髪にも霊力が宿り、髪も私も癒される気がします。私の「私だけの自分の癒やし方」はヘアケアです。

レディーガガに扮したNymphia Wind(1枚目写真右)。彼女をガガにもシンデレラにも鬼にも宇宙人にもする自由自在なカツラに憧れてきました。

髪は個人の身体の一部でありながら社会的な存在であり、その美意識は社会性に裏打ちされてきました。平安期から室町時代の日本では元来、直毛の垂髪が女性の美の条件でした。ところがその中で、縮毛を持つ女性が描かれた絵画資料の古例があります、『男衾三郎絵詞』という絵巻物です(※)。主人公の武士である男衾三郎は、美人は短命だと考え、代わりに坂東一醜悪な女を妻とします。醜女の妻とその娘2人は縮れ髪を持っていて、これは当時の醜い女性を表す記号的表現です。初めてこの絵巻物を見た時、私と同じ縮毛の女の表象に親しみを覚えました。しかめ面に「ねぢけたる」髪がかかる、名前がない醜女と自分を重ね合わせました。

※出典は男衾三郎絵巻  - e国宝

『男衾三郎絵詞』が描かれた鎌倉時代から8世紀が経ち、令和時代も引き続き、家父長制に基づいた外見至上主義が社会構造に組み込まれています。さらに、そこに資本主義まで絡み合う社会です。男性優位主義にとって都合の良い美の概念が規範となり、人々の外見を評価することで終わりなき不安と憧れを植え付け、その気持ちに商品を売りつけます。髪に関して言えば、日本の美容業界は直毛と「外国人風パーマ」だけが美しさであることを疑わない商品や広告が大多数です。縮毛について「うねり」や「歪み」「だらしない」「頑固な」「広がりやすい」と否定的に形容し、代わりに「サラサラ」で「ツヤツヤ」「しなやかな」「まとまりやすい」髪への矯正のための商品購入と施術を推奨します。髪質を表す単語に着目すると、髪は制御し抑制すべき身体部位として見られていることが分かります。コルセットで腰に負荷をかけて細く矯正したように、髪もダメージを与えてでも矯正によって小さく滑らかに真っ直ぐにすることが求められます。

だからこそ、本来の髪質を受け入れることは社会的で政治的、経済的な行為です。挙手し「私の髪は私のものだ」と言うことは小さな抗議運動でさえあります。その歴史的に重要な例が、 1960年代のアフリカ系アメリカ人公民権運動のnatural hair movement(生まれつきの髪の社会運動)です。奴隷としてアフリカからアメリカ大陸に強制連行された黒人の人々は、慣習から言語に至るまで、全てアメリカ化、つまり白人化することを強要された歴史があります。人種差別の観点からアフロヘアに代表される黒人の人種的特徴が劣性で醜い条件と定められ、黒人の人々は生き延びるために髪型を変えざるを得ませんでした。しかし、60,70年代に始まり、現在も続く市民権運動の中でBlack is Beautiful(黒は美しい)という啓蒙活動が立ち上がりました。アフロを含め、特定の髪型への歴史的な暗黙の圧力を跳ね返して、好きな髪型を手に入れる運動がnatural hair movementです。醜い特徴とされていた縮毛は自由と解放の象徴となりました。

直毛至上主義で傷付いた髪と自尊心を自分で癒す勇気は、『Curly Girl: The Handbook』(縮毛の女の子への手引書)からもらいました。著者のLorraine Masseyは美容師として、生まれつき縮毛を持つ人々にCurly Girl Method(縮毛の女の子のための方法論)を提案しています。Curly Girl Methodはそれぞれ独自の縮毛の理解と受容を促し、本来の縮毛へと修復するヘアケアの方法論です。縮毛は直毛と髪質が全く異なるので、縮毛専用のヘアケア商品やヘアケアのやり方がたくさんあることをその本で知り、目から鱗でした。
Curly Girl Methodに基づいて、8年間欠かさなかった縮毛矯正とストレートアイロンを止め、縮毛を伸ばし始めました。私の目標は、直毛向けのヘアケアによって傷んだ髪を治しながら、健康的に潜在的な縮毛の素質を引き出すことです。地毛が癖毛だということ自体長く忘れていましたが、髪質に合った製品やケアが引き出すより強いウェーブを見ると、嬉しくてつい笑ってしまいます。

私の縮毛に合うヘアケア商品。縮毛の傷みの原因になるシリコン、アルコール、硫酸塩、パラオキシ安息香酸エステル、鉱油を含む商品を避けています。“curly girl approved products”というデータベースで、世界中のブランドの縮毛向けヘアケア商品を確認できます。もちろん必ずしもデータベース上の製品を買わないといけないわけではありませんが、商品選びの基準や参考にしています。

縮毛には櫛は使わず、洗髪後の髪が濡れている間に手で梳かし髪の絡まりを解きます。コンディショナーをたっぷり髪の先から根元に向かって上方向に掴むように揉み込んだら、冷たい水で洗い流します。
▶Moroccanoil/Hydrating conditioner(下段左から3番目)

縮毛は乾燥して傷みやすいので、合成繊維のタオルの代わりにTシャツで髪を拭き、ヘアオイルをつけます。
▶Moroccanoil/Treatment original (上段左から2番目)
▶Himalaya/Anti-hair fall hair oil(下段左端)

髪が濡れている時の強いカールを維持するために、濡れた髪に巻き髪用のヘアクリームとムースを揉み込みます。
▶Aveda/Be curly curl enhancer(上段右端)
▶Schwarzkopf/Silhouette super hold mousse(下段右端)

縮毛は熱に弱いので髪は自然乾燥させますが、急ぎの際はドライヤーにディフューザーを装着して乾かします。時間が経ってカールが取れた場合は、カールヘア用のミストを使って縮れを復活させます。
▶OUAI/Wave spray(上段右から2番目)
▶Matrix Biolage/ Hydrasource dewy moisture mist with aloe(下段右から2番目)

私の髪の上部は新しく伸びた本来の縮毛、下部は過去の縮毛矯正による直毛です。

私は逸脱や異常と見做されても、自分の在り方に罪悪感を持たないと決めました。好きな髪型の選択。自分の特徴や形状を変えずに、むしろ目立たせ強調するケアと装飾の方法。差別的な美の概念は批判的に解体し、美しさの主体を取り戻して自己表現へと昇華する姿勢。これはアフリカ系アメリカ人のcurl conversion(縮毛への回帰)から力をもらい、そしてNymphia Windのようなドラァグアーティストが教えてくれた、美に向き合う態度です。私にとっての美しさは、規則や目的を具現することではありません。誰かの気分を良くしたり、誰かの理想を叶えたり、誰かの所有を許すものでもありません。私の美しさは私だけの喜びです。私は『男衾三郎絵詞』の醜女であり、21世紀の醜女には自分のための喜びがあります。名前があり、声があります。私の髪よ、もっと波打て。もっとうねれ。もっと歪め。ねじれろ。跳ねろ。広がれ。もっと頑固に。野蛮に。

<参考文献>
・Lorraine Massey“Curly Girl: The Handbook”(2011)
・Tara Cavosie, Shereen Said“Claire Blair's Unruly Hair: A Curly-Girl Tale”(2020)
Sony Pictures Animation"Hair Love" (2017)

PROFILE

燈里
燈里

1992年茨城県生まれ。台北在住。千葉とフィンランドで教育学専攻・現代芸術理論副専攻を経て、現在は台北教育大学国際修士現代芸術課程に在籍。2012年から忘れる記憶の記録のためにスケジュール帳を作る。

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