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私達の生活証明 The Proof of Our Lives

燈里とカレン。台湾で同居する2人が相手の日記を書く

2020年5・6月 特集:ここで生きる
テキスト:燈里・カレン 写真:燈里 編集:野村由芽
Text: Akari, Cullen Photo: Akari Edit: Yume Nomura
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私は同居人のカレンと2人で一緒に1冊の日記を書いています。私達は毎日それぞれの「蓄積のノート」に生活の断片を集めています。蓄積のノートに私は町で拾ったり自分が出したゴミを貼り付けたり、吐き出すように感情や思考を書き出しています。カレンは夢の内容や町で見聞きした言葉を集めてノートにメモしています。私達2人にとってこの蓄積の記録は、過去を積極的に忘れ、前に進み続けるための試みです。1日の終わりにそれぞれの蓄積のノートを見せ合った後、相手になりきって相手の日記を書きます。私がカレンのノートに書いてある言葉を使って、カレンの1日の日記を書きます。カレンは私のノートを解釈して私の1日を想像し、私の日記を書きます。

左から私の蓄積のノート、カレンの蓄積のノート、私とカレン2人で書いた1週間分の日記。

私とカレンが2人で書く日記では、何度も同じモチーフに出会い直しています。万華鏡のように、同じモチーフが繰り返し変奏しながら終わりなく続いていきます。他者との何気ないやりとり、夢、偶然見聞きした事柄、変哲のない生活の中から立ち上がった同じテーマが、繰り返し形を変え、入り組みながら私達の前を横切ります。私達はそれを拾い上げ、それぞれのノートに蓄積して記録し、言葉を与えて日記として顕在化させます。

新型コロナウイルスによる社会的距離によって、他者と身体的に接することが難しくなりました。その物理的な距離感は、他者と親密さを深める壁となっているように感じます。私達の協働の日記は、私と他者との境界線と融点をなぞり合う実験です。肉体的な接触はなくとも、声の共有と交換、想像力を通して、他者と私を癒合する試みです。親密さに基づいた物語と対話と関係性とアイデンティティを模索し、新しく創り出していきたい。他者と共に自由に創造的にここで生きていきたい。

下記は私達の4月4日(土)から10日(金)の1週間分の協働の日記です。2人の1日分の蓄積のノートの写真の下に、相手になりきった日記を入力しました。私達は2人とも英語と日本語の翻訳者なので、ノートの言語は2言語が混ざっていますが、日記はそれぞれの母語を中心に書いています。

同居人のウェイホンが描いてくれたカレンと燈里。(Yin Weihung

4月4日(土)

カレンが書いた燈里の日記
After work, eating my lunch in the park, and since it was Sunday of course there were lots of children on the playground exchanging candies! Making transactions on the snack black market, getting the first tastes of life in an organized crime ring trafficking sweets, which one of these children will be the one I see on the news later having suffered a twist of fate? How to know which one is dealt the worst hand? Which? One! Like a sunflower seed! Does a sunflower seed know that it's going to be a sunflower? A seed's fate is sealed from the moment it starts existing, but it's still on its own unique journey until it becomes what it is destined to. Do humans work the same way? Whatever! Is it worth then trying to alter the course of my life? Or will my sunflower seed-ness eventually deliver me to the appropriate place? I want to be delivered to the bakery Bonjour!

燈里が書いたカレンの日記
汗だくになって飛び起きた。汗が額から滴り落ちる。2時間しか寝ていない。たった2時間とは思えない濃い夢だった。自分の母親が銃で打ち殺される、これ以上不吉な悪夢があるだろうか。ペットのコキンチョウのビスコを無理矢理鳥籠から掴み出してキスした。ビスコは嫌そうに首を竦めた。いつになったら飼い主に懐いてくれるんだろう。鳥籠に毛布を掛けておいた。
前夜は家に友人20人を呼んで大きなホームパーティーだった。そこで飲みすぎたのが不眠の原因に違いない。アレクサンドラがいつも通り英語・フランス語・中国語を器用に切り替えながら朝方から興奮して熱く語り始め、解散したのは8時を過ぎていた。ジェームスは台所で、彼が唯一知っている日本語を誇らしげに披露した。「静かにして下さい」日本語を勉強している姪からそう言われたらしい。誰が黙るものか、とジェームスは続けて叫んだ、「あーーーーーーーーーー!!!!!!」朝の4時だったのでもちろん近隣の住人から警察を呼ばれた。アレクサンドラやジェームスほど静かにできない生物はいない。誰が黙るものか。アレクサンドラもジェームスも先日海外出張から帰国し、2週間の自宅隔離期間を無事終えたばかりだった。怒鳴らずにはいられないのだろう。
ウェイホンが大きな玩具の銃を3本買ってきた。白くて艶々のピカピカ、洗練されたデザインはまるでアップル製品だ。初っ端から燈里に急所を2発連続で撃たれて即トラウマになった。残りは家中を逃げ回った。銃は怖い。燈里は徴兵にでも行った方があの邪悪な性格と銃の腕前を活かせるのではないか。
夕食を買いに外に出た。4月の台北とは思えない肌寒さだ。一歩大通りに出ると、住宅地から一変して喧騒な市場が現れる。屋台のおばあさん達の話す台湾語、赤ん坊の泣き声、老人の独り言、女性がヒステリックに喚く声、そしてアレクサンドラの3か国語とジェームスの叫び、今朝の自分の繊細な夢。どれも訳の分からない話し声で騒々しく、まるで倒壊直前のバベルの塔だ。何を言っているか厳密には分からない。でも耳を澄ませば、一人一人が何を言いたいのかは分かる。この混沌の中で私も叫ばずにはいられない。他人の叫びを受信せずにはいられない。この塔は絶対に倒れない。神にさえも倒させない。夕食にはおにぎりとスニッカーズのチョコレートを買った。

PROFILE

燈里
燈里

1992年茨城県生まれ。台北在住。千葉とフィンランドで教育学専攻・現代芸術理論副専攻を経て、現在は台北教育大学国際修士現代芸術課程に在籍。2012年から忘れる記憶の記録のためにスケジュール帳を作る。

カレン・ピットニー
カレン・ピットニー

人生の使命は踊ること。

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