第七回 これは嫉妬だ。

第七回 これは嫉妬だ。

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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四教科の試験がすべて終わると、すぐに放課となった。
「きのこたけのこ、どっち派?」
昇降口を出て数メートル行ったところで、宮田とみなみはいつも別れていた。校舎の裏手の寮に帰る宮田と、長いスロープを下りて正門へ向かうみなみの行き先は、真逆だった。
「……どちらかといえばたけのこ?」
 いつもの分岐点で突然みなみに尋ねられた宮田は、沈黙の後にそう答えた。
「ウッソ、宮田たけのこ派か。あたしきのこ」
ならばたけのこも持ってきてやろう、とみなみが偉そうに言う。
帰宅前に今夜のおやつを買って行く予定らしいみなみは、流星群計画に乗り気になってしまったようだった。それがどうしてなのか、宮田はわからない。
「みなみ、本当に家抜けられるの?」
「わからんけど頑張るわ」
「もし寮出る時にみんな捕まっちゃって、みなみだけ学校着いたらどうすんの?」
「怒るよ。超怒る」
まあ、その時は奥沢と星空デートでもしますよ、とみなみが鞄を振り回す。
その奥沢こそ、本当に自転車で学校まで来られるのだろうか。
「奥沢さんの住んでるとこって、どの辺?」
宮田が尋ねると、ざっくり言うと空港寄り? とみなみが首を傾げた。
「大した約束でもないんだから、断っちゃえばいいのにね」
暗に宮田が非難すると、急にみなみは大人びた顔で笑った。
「まあ奥沢も奥沢で、いろいろあるんでしょ」
あたし正直、冴島も館林も苦手なんだよな、とみなみが囁く。
「でもそれはそれとして、どうせ星観に行くんなら、好きなお菓子でも持ってこって話。宮田はたけのこ派ね、了解」
じゃー夜ね、とみなみが大きく手を振って、スロープまでを駆けて行く。
帰寮すると、部屋に由梨はいなかった。仮眠を取ろうと寝転ぶと、途端に眠気に襲われた。
ここ数日、宮田はあまり眠れていなかった。

リビングのソファで目覚めると、おびただしい数の手紙がテーブルに積み上げられていた。
開封している間にもそれはどんどん増え続け、いつの間にか足元は手紙で埋め尽くされていた。
返事を書かないと、とペンを探しているうちに、手紙の嵩はまた増して、宮田はついに身動きが取れなくなった。このままでは窒息してしまうというのに、宮田は必死にペンを手探る。それでも手紙は増え続けるが、ペンはどこにも見当たらない。
早く返事を書かなければ。

「佳乃ー、夕飯行こー」
ベッドの下から由梨に呼ばれて、宮田ははっと目を覚ました。
「食堂閉まるから急げー。あ、さっき真帆たちと買い出ししてきたよ」
天井の蛍光灯がやけに眩しく感じられて、宮田はきゅっと目を細めた。おかしな夢を見たからなのか、中々動悸が収まらない。
辺りはすっかりもう夜で、星が降り始める時刻が刻一刻と迫っていた。

「あれ、宮田さん……」
消灯前点呼の際、杉本にまじまじと顔を見つめられて宮田はどきりとした。
普段は部屋を確認次第、さっさと出て行く杉本なのに、こんなタイミングで名前を呼ばれて、宮田は思わず息が止まった。
「なんですか?」
「目、充血してない?」
杉本が言うと、ほんとだ、と由梨も宮田の顔を覗き込んだ。
「試験、試験で根詰めてたからね。毎晩遅かったんでしょ? 自習室出るの」
寮の中で自習室だけは二十四時間開いている。寮生の消灯後の行動など知らないだろうと思っていた宮田は、杉本にそう言い当てられて驚いた。
「今日はゆっくり休んでね。あったかくして、しっかり寝て。じゃあおやすみなさい」
ひらひらと手を振って、杉本は部屋を出て行った。これから自分たちが寮を抜け出すだなんて、想像だにしていないだろう。
「今日のやつ、バレたらおスギも怒られるのかな」
思いついたように由梨が呟いた。
「……そうかも」
「バレないように頑張ろ」
真帆たちが100円ショップで買ってきたレジャーシートやお菓子は、すでにリュックにまとめられていた。防寒用の部屋の毛布も、折り畳まれて隣にあった。
それから五分も経たないうちに、真帆たちから連絡が来た。真帆と悠の部屋は廊下の奥にあり、一番最後に点呼が終わる。
全部屋の確認を終えてしまうと杉本は自室へ戻り、滅多なことでは出て来ない。
「真帆たちの部屋、いま点呼終わったって。馨も準備はオッケーだけど、同部屋の子が寝てから出るって。なので馨の合図待ちです」
「馨の相部屋って誰だっけ」
ふと宮田が尋ねると、あー、と由梨が名前をぼかした。
宮田と由梨、真帆と悠はそれぞれ相部屋同士だ。馨と相部屋の生徒だって、来ることになってもおかしくない。
「その子って今日、誘ってないの?」
「真帆が嫌って呼んでない。こないだマニキュア、先生にチクられたんだって。今日のだって、知られたら絶対面倒なことになるよ」
それ要警戒じゃない? と宮田が懸念を示すと、まあ大丈夫でしょ、と由梨が能天気に笑った。宮田が指の先でカーテンをずらすと、庭の灯りがふんわりと闇に浮かんでいた。

集合の合図が入ると、宮田と由梨はすぐに窓から外へと飛び降りた。夜の庭を建物沿いに進み、寮の裏へと回り込むと、真帆たちは生垣の前で待っていた。
「警報機、鳴らなくてよかったね」
リュックを背負った由梨が笑うと、実は裏で作動してるとかないよね? と不安そうに馨が声を潜めた。大丈夫でしょ、と真帆がその心配性を笑い飛ばす。
宮田がスマホを確認すると、みなみからメッセージが入っていた。
「みなみ、もう出たって。早く行かないと向こうが先に着いちゃうかも」
自宅生の二人とは、旧宣教師館前で落ち合うことになっていた。旧宣教師館横の道路は、山頂まで繫がっている。
「確かに、東京よりは星が見える」
悠のその呟きに、宮田もつられて夜空を見上げた。
針の穴のような僅かな光が、真っ暗な闇に散らばっている。
「ちょっとー、星見るのは頂上着いてからにしようって。感動が薄れるよ!」
真帆が勝手に号令をかけると、じゃあ出発しよ、と由梨がスマホのライトをつけた。そのまま由梨が先頭に立ち、裏林の中に光を飛ばす。
夜の林は、真っ暗だった。
しばらくそのまま歩いて行くと、林の中にベンチが見えた。いつも昼休みに座っている、何の変哲もない木のベンチだ。闇夜のベンチに光を当てると、たちまちそれは不気味に見えた。
「肝試し要素強いね、これ」
うう~、と由梨がふざけて低く唸ると、うわーっ、と馨が悲鳴を上げた。耳をつんざく大音量に、うるさい、と宮田は思わず怒鳴った。
「だって怖いじゃん!」
「怖くない」
宮田がそう言い切ると、佳乃はおばけとか怖くないの? と由梨に尋ねられた。真っ暗な林の中で、ヒュンヒュンとスマホの光がすばやく飛び交う。
「おばけ?」
「幽霊とかさ」
この世にいるはずのないものよ、と由梨が楽しげに言った。
「……幽霊は、怖いかも」
「へー、意外。私は幽霊、見たい派だな。おじいちゃんとか会いたいし」
みなみからの着信が入ると、宮田のスマホの画面が光った。
『宮田! いまどこ!?』
大音量で怒鳴りつけられた宮田は、反射的にスマホを耳から離した。
「まだ裏林。みなみは?」
『もう旧宣教師館の前! 超怖いんだけど、ここ!』
奥沢さんは? と宮田が訊くと、まだだよ! とみなみが早口で答えた。丁度、木々の向こうに教員駐車場の街灯の光が見えていた。
旧宣教師館前の花壇の縁に、ぼうっと明るい光が見えた。宮田がスマホを大きく振ると、脇目も振らずにみなみが駆け寄る。
「超おっそいよみんな!!」
「でも時間、丁度だよ」
宮田がスマホの時計を見せると、約束の二十三時四十五分だった。ぷうっと頰を膨らませたみなみが、宮田が抱えていた毛布に勢いよく両手を突っ込む。
「怖いわ寒いわで散々だよ! あたしも家から毛布、持ってくればよかった」
それを聞いた馨が、あっ! と大声で叫んだ。うるさい、と宮田がすぐさま言う。
「私、毛布、置いて来ちゃった!」
「……どこに?」
「部屋の窓の前」

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PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

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