PUGMENTの原稿を書こうとした日、午前中に取り組んでいた原稿にこんなフレーズがあった。「言葉は隔たりをつくり、絵はつながりをつくる」。哲学者オットー・ノイラートの言葉からの引用だ。このフレーズは、L PACK.が昨年秋にフェスティバル/トーキョー2018で行った『定吉と金兵衛』というパフォーマンスで配られたリーフレットに印刷されていた。L PACK.はこのステイトメントにのっとって、言葉に依らず、墨絵によって観客の行動を指示する、お茶会パフォーマンスを展開したのだった。今朝、わたしはそのレビューを書いていた。
PUGMENTはこれまで、ファッションや服について考え、その思考の跡を辿るようにコンセプトを立て、そこから服をつくる、という行為を展開してきた。1990年生まれの2人のデザイナーが2014年に始動させたブランドは、活動の日々を重ねるにつれ、人と人を「つなぐ」はずの「言葉」にたいして疑問をいだくようになってきた、という。
「僕たちが学生だった2010年前後、アートにもファッションにも音楽にも、表面的にカッコ良く見えるものが溢れている、という気がしていました。情報も多いし、ツールもあるから、そういうものをつくろうとしたら簡単にできてしまう。でも、どうしたらそこから逃れられるのだろう? ということをずっと考えてきました」
「そういう理由もあって、コンセプトを立てて、それをもとにコレクションをつくる作業を重ねてきたのですが、次第に、言葉にならない思いや感情から、遠ざかってしまった気がしていました」(PUGMENT)
PUGMENTの2019SSは、服と絵をギャラリーで発表した。感情を言葉に変換せず、感情のままに扱うことを目指したからこそ、「絵」というメディアが浮かび上がってきたのではないだろうか。原色の絵の具で描かれた未知と既知がまざりあった風景画や、原色の粘土からつくられた小さなオブジェが並べられ、「楽しさも怒りも、好きも嫌いも、全部ある状態をつくりたい。人間らしくありたい、という気持ち」を反映した新作を揃えたギャラリーに身を置いてわたしが思い出したのは、彼らが過去につくってきた、同じように内省的な要素の強いコレクション『正しい装い』だった。
2014年冬、PUGMENT結成の年に発表された『正しい装い』は彼らが学校という囲われた場から、社会に出ていく過程での考察を反映した作品だ。就職活動の時期を迎え、周囲が次々とリクルートスーツ姿に変わっていく時期。彼らは「大人になるって、どういうことだろう」ということを掘り下げるため、スーツを着て西新宿の公園で、労働基準法の定めた労働時間である8時間、居座るプロジェクトを行ったのだ。そのスーツは中学時代以来、自分たちが着てきた服のなかからグレーや黒っぽいものを選び、つなぎ合わせた一枚の布から仕立てた1点ものだ。
「大人になるって何だろう、とずっと考えていました。スーツを着れば大人になるのだろうか? 本当の意味で、成熟するということ、大人になるということは何なのか、考えてみたいと思ったんです」
「普段着を脱いでスーツを着るだけで、子どものころの自分を忘れて社会人として新たにスタートできるのか? でもむしろ、これまでの経験から学んでいくほうが人は成長できるのではないか?」(PUGMENT)
当時は安倍政権の特定秘密保護法案に反対するデモが盛んな時期でもあり、東日本大震災後の原発問題も議論されていた。大きな問題はあるままなのに、就職活動の時期がくると、スーツを着て大人になることを強いられる。その流れ自体に問題意識を抱いた、とPUGMENTは言う。
「今であれば、原発問題をわすれて、オリンピックに向かうこと。過去をふりかえれば、日本の伝統的な文化を忘れて、西洋の考え方に染まってしまうこと。『立ち止まらない、考えない』風潮に対して自分たちなりに抵抗したいと思いました。僕たちは、ある時期がきたら大人になれ、と言われてしまう日本社会への自分たちのデモとして、ゲリラ的に公園で座り込んで『大人になることについて』考えてみたんです」
「日本人にスーツは似合わないと思うのですが、公園で座っているサラリーマンを見ると、その正体不明な感じが逆に、人間らしく見えました。その人の中身はどうなっているんだろう? ということが想像できたんです」
「また、ファッションショーの側面もありました。スーツを『人が着る服』として、リアルなものに変換するパフォーマンスでもあったと思います。場所は都庁の前の公園で、高いビルに囲まれていました。目的のない『公園』という場所、街のなかでぽっかりあいた空間には、いろんな人がいて、何でもできる。そこにいればスーツを着た大人が、人間らしく見えるということに気がついたので、ここでならスーツのもつ意味を変えられる、と思ったんです」
「実際8時間座り込んで、考えごとをしてみると、いろいろな人に話しかけられたり、心配してもらえたりしました。『家はあるの?』と心配してもらえたり、『教会に行こう』と誘ってくれた夫婦がいたり。街のなかで考えごとをするだけで、異質な存在になるんだ、と気がつきました」(PUGMENT)
遠目にはリクルートスーツに見えた。けれども、シャツもネクタイもスーツも、つぎはぎだった。まる2日かけて交代で、一人はパフォーマンスを行い、もう一人が撮影をした。トイレに行ったりバッテリー交換をする時間も惜しんで、一年で一番寒い成人式の時期に、ひたすら屋外で「考える」デモ。それを支えたのは「怒り」のパッションだった。
PUGMENTは、考えることをやめない。それを自らの行為で示す。『正しい装い』は、街中でみかけるデモよりずっと静かな、個人のデモだった。けれどもそこにこめられた熱い思いは、この作品をみる人にいつでも、どこでも伝わるだろう。PUGMENTのこの、静かだけれどパッションあふれる初期作品は、個人的にわたしが大好きな作品のひとつ。セックス・ピストルズから40年後、東京の街に舞い降りてきたパンクの天使のように見えてくるのだ。