いいデートの誘い方とは、こういうものなのかもしれない。それは、とても清潔でさっぱりとした、それでいて胸が“じゅんっ”と火照るような、何度も読み返してしまう短いメールだった。
「アトリエに遊びにおいでよ。エマちゃんの大事な服で、気分転換したいものがあったら、箔押ししてお直ししよう」
どこかの誰かが着ていた服に、箔を重ねたり、染めたりして「もう一度、服と出会う」ことを続けてきた「YUKI FUJISAWA」(以前にも、この連載で、2回に渡って渡って記事を書かせていただきました)。
「YUKI FUJISAWA」のデザイナー、ゆきさんがある夏の日、私をデートに誘ってくれた。
私はケーキを買って、灼熱のコンクリートのグレーの上を、ふわんふわんとした気持ちで駆けた。引っ越ししたばかりのアトリエは真っ白で、床には色とりどりのセーターが積まれていて、棚の上にはレコードやお人形、壁には雑誌の切り抜きなどが貼りつけられていて、洋服をかけるハンガーラックには、これから世にお披露目されるであろう服達が待機していた。
私は、大学時代に原宿の古着屋「HUG」で購入した白いワンピースと、ウィーンに留学していた時に古着屋で購入した黒いトップスを持参した。
白いワンピースは、本体の上にエプロンのようにふわっと被せてある繊細なレースが可愛い。さりげなく個性的なデザインだ。「このワンピースみたいな存在になりたいな」という想いを託して、オーディションによく着ていった。そうやって何度も着ているうちに、いくつかシミができてしまった。白い糸を使って、レースにできてしまったシミの上に少し刺繍をしてみた。結構いい感じに直せたと思ったのだけれど、本体にまで広がってしまったシミは隠せなくて、どうしたものかな、と悩んでいた。
ゆきさんはワンピースをじっくり観察すると、レースの下に金箔を貼ろうと提案してくれた。金箔を置く場所を決めて、ちょうどいい大きさにカットし、プレス機を使って、布に箔を貼付ける。レースの部分のシミには何も手を加えなかったけれど、後ろに金箔があることで、シミが目立たなくなった。
もう一着持ってきた黒いトップスは、単純に飽きてしまった。大学時代、雑誌『装苑』のヴィンテージ特集でエッセイを書いた。当時、留学していたウィーンには、年代物のヴィンテージを扱う店がいくつかあって、そのなかのひとつを取材したときに購入した。大学で美術史を学んだ店主が、亡くなったおばあさまの部屋を片付けていたときに、眠っていたヴィンテージクローズに魅せられて始めたという小さな店だった。
黒いトップスを目の前にしたゆきさんは、丁寧に服の声を聞いているような様子で、しばらくすると、腕の部分にシルバーの細い箔を置き「こんな感じはどうかな?」と言った。そのときは、正直言ってあまりピンとこなかったのだけれど、出来上がった服を着てみると、以前のものよりもカジュアルな雰囲気になって、気兼ねなく着れる軽やかさがあった。そのままだとちょっと、今の私にはロマンティックすぎたのかもしれない。
余談だが、ゆきさんのことをまだ知らなかったころ「エマちゃんにすごく似ている子がいるんだよね」と知り合いに言われたことがあった。
今でもよく、私はゆきさんに間違えられる。見ず知らずの人に「昨日の撮影、お疲れさま!」と声をかけられたり、初対面の人に「以前、飲み会で隣でしたよね!」と話しかけられたりする。ゆきさんも似たような体験が何度かあるそうで「エマちゃんのことを見た友達が『あの子、ゆきちゃんの妹!?』って聴いてきたよ」とおっしゃったことがあった。「私たち似てないよね~」と、ゆきさんと会うといつもそんな話をしている。