「奥沢さあ、親大丈夫だった?」
前列を歩いている奥沢に、みなみがそう声をかけた。
「うん。うち、お母さん寝るの早いんだ」
「じゃあ普通に玄関から出たんだ?」
「そう。森さんは?」
「居間、めっちゃ電気付いてたから、普段履いてない靴履いて勝手口からこっそり出て来た」
玄関の靴でバレたらやだなと思って、とみなみが自身の足元を照らす。黒地に白ラインが入った、新しそうなエナメルのスニーカーだ。学校には着て来ていない真っ赤なダッフルコートも、みなみによく似合っていた。
みなみは着る物に金をかけてもらっているのだろうと、ふと宮田は気がついた。よく周りを見てみれば、真帆や悠もそうだった。わざわざ娘を遠方の学校に入れる親なのだから、ある程度余裕がある家ばかりなのだろう。
宮田のライトは、少し前を歩いている奥沢の背を照らしていた。
水色のブルゾンは、ぼけた色味をしていた。制服の時はこれ以上なく映えているショートカットが、今はただの飾り気のない短髪に見える。
いつものイメージとのずれがあるんだ、と宮田は気がついた。
「絶対これ、寮から見ても変わんなかったね!? 星」
山から吹く風の冷たさに爆笑しながら、真帆が大声で叫んだ。いま言うなよ、と悠が毛布を身体に巻きつける。
針の穴のような星の光は、それ以上大きくはならなかった。
「田舎ってもっと星、おっきく見えるんじゃなかったの?」
「まあここ、いうて国道から近いし」
でかい道路って夜でも結構明るいじゃん、とみなみが訳知り顔で言う。国道沿いには深夜営業をしている巨大なパチンコ店があり、その一角には二十四時間営業のチェーン店も並んでいた。
「それでも東京よりは見える? 星」
みなみに訊かれて、わかんない、と宮田は答えた。一瞬、自宅のピアノ室から見える夜景が過ぎったが、あそこから見えるものは星なんかではなかった。
「星ってさー、何万年とか前の光がいま届いてるんだよね」
ぼんやりと夜空を仰ぎながら、みなみが宮田に確かめた。距離による、と宮田が言うと、ふーん、とみなみが両手を挙げた。
「じゃあ、もしあの光が宇宙人からのSOSなら、もう相当手遅れだよね」
ふざけて宇宙に手を振るうちに、みなみは大きくよろけてしまい、宮田の側へ転倒しかけた。
最後のカーブを曲がって傾斜のきつい坂を越えると、殺風景な原っぱが広がっていた。
山の頂上には、小さな建屋のほかは何も見当たらなかった。
「もしかして、あれが放送局?」
テレビ局みたいなのの跡地想像してたんだけど、と真帆が呟くと、そんなの南斗にあるわけないだろ、とみなみが呆れ顔で突っ込んだ。
「築山テレビジョン中継所……」
由梨が建物の名称を読み上げると、そもそも放送局でもねえんじゃん、と悠がぼそりと呟いた。完全にシャッターが下りた箱型の建屋は、なんの面白みもない。
建屋を囲むフェンスの周りをうろつきながら、一同は何かを見つけようとした。
「ここってさー、なんで閉まったの?」
真帆に質問されたみなみが、アナログ放送が終わったからなんだって、と答えた。
「なんでアナログ放送終わったら、閉まっちゃったの?」
「知らないよ」
みなみにそっぽを向かれた真帆が、宮田さん知ってる? と尋ねる。
「デジタル放送で一局ごとのカバーエリアが広くなったから」
宮田がそう答えると、真帆はさらに説明を求めた。
「つまり?」
「他の局が、ここの局の分まで仕事してくれるようになったから、ここは必要なくなった」
やっぱすげーな宮田、とみなみが隣で感心している。
山頂の端は鬱蒼とした木々に覆われていて、町の夜景を見下ろすこともできなかった。これではドライビングスポットにもならない。
ここ、本当になんにもないんだね、とみんなが繰り返すのを聞いているうちに、なんだか宮田もむなしくなった。
「いいじゃん、何もないほうが観測しやすいでしょ。星」
唯一、目的を達成しようと張り切っている由梨が、意気揚々とレジャーシートを広げ始める。
まだここいるの? と真帆が言うと、だってお菓子も買ったじゃん、と由梨がリュックの中身を撒いた。
車座になって身を寄せ合い、厚い毛布に包まると、少しだけ風がしのげた。
「星、さっきから一個も動いてなくない?」
堪え性のない真帆の言葉に、そりゃ毎秒動きはせんでしょ、と馨がぶぶっと噴き出した。春の星座ってどんなんだっけ、と由梨が空高く手を伸ばす。
宮田も星を見上げると、夜空は荒れた海のように深く暗い色をしていた。一瞬、また自分がどこにいるのかわからなくなる。
「全員、ライト消してみよ。試しに一回、真っ暗なのが見てみたい」
由梨がそう提案すると、次々とライトが消えていき、すべてが真っ暗闇になる。
「うわ、暗」
土の匂いが漂う中で、宮田は最後の光を消した。
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