生きる場所を選択したこと、しなかったこと、できなかったこと、選択そのものをやめたこと。
これを書いている今。
この日々はきっと、後々に人々の記憶に残る年になるだろう。
わたし、あなたが今生きている世界。またその場所について、思いを馳せるきっかけとなる日々となることだろう。
わたしは今、どんな場所で生きている? そして、あなたは。
ふと自分の生き方を考えたり、随分と遠くまでやって来たなと感じたりする瞬間。旅をしている時の駅や空港なんかで。そんな時にふと思い出す女性がいる。
わたしの母だ。
シェイクスピアにオスカー・ワイルド。サリンジャーに芥川龍之介。
幼かった頃。我が家の大きな本棚には、まだわたしが文字を読むことができなかった頃から、立ち並ぶたくさんの背表紙に混じって、とある一冊の本があった。それは母のもので、その背表紙が並ぶ光景は我が家のいつもの日常。幼いわたしはその本を特に気にも留めていなかった。
ある日、わたしはその本に気づく。その本のタイトルは、ボーヴォワールの『第二の性』だった。
その頃にはボーヴォワールを読む女性についてフェミニストとしての憧れのイメージを持つようになっていたので、わたしの知る母とはかけ離れた世界にあったその本があることに、とても驚いてしまった。その頃の母と言えば、教育熱心で厳格、少し偏りのある極端な考え方を持ち、意見が合わずしばしば衝突していた。
いつの間にかドロップアウトしてしまい、家族の一員であることを放棄したわたしの父の分も、一家を支えてくれた母だった。その本の存在は、もっと生きたかった人生や場所がわたしの知らない母にあったのではないだろうかと考え始めるきっかけとなった。
そしてきっと、現在進行形でそっと埋もれていく歴史の中に、そんな女性たちはたくさん存在する。
遠くまで翔べそうだと思える時は、彼女たちが積み上げた日々を想う。
華々しい飛翔や上昇ではなく、そこに至るまでに続いていた日々を。
それをどんな言葉で表していこう。
停滞や逃避、諦めや怠惰。そんな言葉で語られてきたものに、明るい色をつけてみたい。
生きる場所を選択したこと、しなかったこと、できなかったこと、選択そのものをやめたこと。それらは少なからず、今存在している場所よりも明るい方角へと向かうための、全て前向きな意思によるものだと、わたしは思いたい。人は必ず今より明るい未来を考える生き物のはずだから。
それら全てを、わたしは肯定する。
生き生きと今も仕事を続けている母は、今いる場所をきっと誇りに思っているはずだ。
そんなことを考えながら、5冊の本を選んでみた。どの本にも様々な土地、時代を懸命に生きる女性たちが登場する。選んだ物語はどれも心が浮き立つような、華やかなもの、わくわくするものではないかもしれない。しかし彼女たちの物語はどれも一歩踏み出す勇気を与えてくれるもの、生きる場所について考えてみるためのメッセージを感じられるものだと思う。
物語の持つ力にパワーをもらいたい。
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