第九回 あの子が笑顔の向こうに隠しているもの

第九回 あの子が笑顔の向こうに隠しているもの

12歳の焦燥と孤独。女子校が舞台の青春小説、試し読み

連載:「金木犀とメテオラ」安壇美緒
テキスト:安壇美緒 装画:志村貴子 編集:谷口愛、野村由芽
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星見寮、という文字がスマホの画面に光った瞬間、場の全員が硬直した。眠気なんて吹っ飛んでしまって、宮田も思わず生唾を吞んだ。
杉本に気づかれたのだ。
「……電話出るしかないでしょ、もう」
コールが止まない馨のスマホを宮田が指すと、私に押し付けるの!? と馨が怒鳴った。
「いま出ないほうが大ごとになるでしょ?」
「なんで私が出るの!?」
「あんたの電話だから」
私が出ようか? と由梨が手を差し伸べると、観念したように馨が通話ボタンをタップした。
『北野さん!?』
いつになく切羽詰まった杉本の声が、光るスマホから漏れ聞こえた。
「はい……」
『よかった! いまどこにいるの!?』
「あの、すいませんでした……」
『いいから! あなた、いまどこ!?』
山です、と馨が消え入るような声で呟くと、山ぁ!? と杉本の動転した声が暗い山頂に響いた。
『山、山ってなに。なんの山?』
「学校の裏の道上がったところの、放送局がある……」
『放送局!?』
放送局じゃなくて中継所だ、と建屋の影を遠くに見ながら、宮田は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こういう場合、やはり杉本が責任を問われてしまうのだろうか。
『なんでそんなところに……いま北野さんひとり?』
「寮生が五名と、自宅生が二名です」
ありのままを伝えてしまった馨に、自宅生のことまで言うなよ! とみなみが慌てた。あ~あ、と由梨もため息をつく。
『……そこに築山生以外の人もいるの?』
こちらのテンションとは対照的に、杉本の声はいきなり低くなった。いえ、と馨が否定すると、電話の向こうの緊張は少しだけ和らいだ。
「流星群が見られるって聞いて、みんなはしゃいでしまって、せっかくなら高いとこに登ったほうが沢山見られるんじゃないかって……はい。寮生は、羽鳥と北野と、宮田と……」
途中から電話を代わった由梨が、杉本に経緯を説明していた。星を沢山見るどころか、宮田たちはまだひとつの流れ星も見つけられていない。
「あ、自宅生の名前もですか? えーっと……」
通話口を押さえた由梨が、困ったように宮田を見つめた。仕方なく宮田が頷くと、由梨がみなみと奥沢の名前を告げる。
「ウ~ワ、馨のアホ……」
みなみが恨みがましく馨を睨むと、ごめんって! と馨がコントのように両手を合わせた。
親にクソミソにどやされる、とみなみが大きくため息をつく。
同じく自宅生の奥沢は、露骨な怒りは見せなかった。
「仕方ないよ、みんなで来たんだし」
親が親が、とみなみがしきりに繰り返しているせいで、考えてみれば奥沢にも親はいるんだよな、と宮田はふと考えた。当たり前のことながら、奥沢叶も人の子なのだ。
「はい、はい。本当にすみませんでした。母の電話番号は……」
状況にそぐわない凜とした声で、奥沢が電話を代わる。
宮田がそれを盗み見ると、一瞬、その美しい横顔が禍々しいまでに醜く歪んだ。
「どうしたの宮田」
みなみに袖口をクンと引かれて、宮田は現実に引き戻された。
「いや、まだ眠くて……」
「ウソだろ、この状況で」
宮田の心臓はばくばくと、いま見た恐怖に逸っていた。
奥沢がみなみに電話を回す。その穏やかな表情は、楚々としたいつもの奥沢だった。
あまりに一瞬で、突然のことだったので、それが本当に起きたことだったのか、宮田は自信が持てなかった。
旧宣教師館での激しい嫉妬。電話口での表情の変貌。
奥沢があの取り澄ました笑顔の向こうに隠しているものとはなんなのだろう?

警備の車が山頂に着くまで、時間はそうかからなかった。車輛の音が近づくにつれ、宮田は元いた世界に戻って来たかのような妙な感覚に襲われた。
警備服を着た初老の男性が、運転席から顔を出して人数を数える。
「寮母さん心配しちゃって、寒いのに外で待ってるから。ちゃんと全員、謝んだぞ。とりあえず四人、乗れる人から車乗って」
じゃあ先に乗ろ、と由梨が真帆と悠の手を引いた。助手席へ乗り込んだ馨が、無表情でみなみに手を振っている。由梨たちと一緒に、リュックや毛布やレジャーシート、ここにあった何もかもが車の中に積み込まれていった。
男から大きな懐中電灯を受け取った宮田は、ぼんやりとそれを抱きかかえた。
車が山を下りて行くと、辺りは再び静かになった。
電話が鳴ってからの数分間や、その前のお喋りが幻だったかのように、そこには何にもなくなった。
「あ、たけのこ」
たけのこの里、忘れてた、と寝ぼけたようにみなみが言った。
「車、すぐ来るかな?」
「来るよ」
「でもちょっとくらいは時間あるよね」
みなみがボディバッグのファスナーを開け、俯いて中を手探った。
その時、宮田は夜空を見ていた。
だから、仰いだ星のひとつが、ヒュッ、と短く焼け落ちたのを、偶然捉えることができた。
「あ」
「あ」
感嘆が重なったことに驚いて、宮田は咄嗟に隣を見た。
「……いま、なんか落ちたよね?」
同じ方角の夜空を眺めていた奥沢が、宮田にそう確かめる。
「たぶん……」
いま観たばかりの光景を信じることができなかった宮田は、曖昧にそう答えた。落ちたよ、と奥沢が強く繰り返す。
いつになく熱を帯びた眼差しで、奥沢叶は暗い夜空をじっと見つめていた。
「え、なに?」
遅れて顔を上げたみなみの手には、宮田が好きな菓子の箱が握られていた。
「観たのかも……」
「何を?」
流れ星、と呟くと、みなみが慌てて夜空を見上げた。彼方から届く星の光は、もう何も動かない。
「え、あたしだけ見逃した!? 奥沢も観たの!? 」
「観た」
たぶん、と奥沢も語尾にくっ付けた。や~だ~、とみなみが子どものように身体を揺する。
「宮田、なんか願いごとした!?」
「そんな時間ないよ、ほんと一瞬だったから」
「え~もう本当やだ……」
あたしっていっつもこんなんばっかだな、とみなみが悔しげに俯いた。
警備の車が戻るまで、三人はずっと星を観ていた。走行音が聞こえて来ると、時間切れだ、とみなみがうな垂れた。その隣で、奥沢はいつもの微笑みを浮かべていた。
その横顔を見つめながら、宮田はさっきの形相を思い出していた。
車のヘッドライトが枯れた空き地を真白く照らす。その大きな光の中で、水色のブルゾンはさらに色褪せて見えた。
奥沢には似合わない、古びた幼い子ども服。

(第十回へつづく)

PROFILE

安壇美緒
安壇美緒

1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

INFORMATION

書籍情報
書籍情報
『金木犀とメテオラ』
著者:安壇美緒

2020年2月26日(水)発売
価格:1,870円(税込)
『金木犀とメテオラ』

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