東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。
「私、あれと勘違いしてたかも、流星群」
暗闇の中で真帆が言う。
「なに?」
由梨の声だ。
「北極とかのさ」
「クマ?」
「オーロラ」
全然違うじゃん、と馨が突っ込む。
「イメージだよ、イメージ」
「イメージでも全然違うって」
みなみがわざと呆れたような声を上げている。
「オーロラとか流星群って、似たようなコーナーに写真集置いてあるじゃん。本屋で」
「置いてないよ」
由梨が笑う。
「え、あるよね?」
「言いたいこと、かなりわかる」
真帆の肩を持ったのは悠だ。
「わかるよね?」
「わかる」
「それ東京だけだよ」
みなみがからかうと、場所関係なくない? と真帆が笑った。
「もっと、わーっ、て出ると思ってたんだよね」
「星があ?」
「そう」
「出ないよ」
みなみが笑っている声がする。誰かが、スナック菓子を手探っている音も聞こえる。
「だってトッキー、それっぽいこと言ってたよ」
「言ってないよ」
奥沢が珍しく口を挟んだ。
「なんかさ、ちょっと眠くない?」
真帆の欠伸に、寝たら死ぬぞ、と悠が笑う。
「てか宮田、寝てない?」
みなみに雑に揺すられて、寝てないよ、と宮田は答えた。
「うそ、宮田さん寝てんの?」
寝てないって、と宮田が悠に言い返す。
「佳乃、声が寝てる」
由梨まで何を言うんだろう、と宮田は思った。
「佳乃、昨日も遅くまで自習室いたっぽいからさー」
「え、今日のテストで?」
「実力テストってわざわざ勉強とかするもんなんだ」
さすが六啓舘、と真帆に揶揄まじりに囁かれ、宮田は胸がじりっとした。
「宮田さん、やっぱ東大とか行くのかな。もしくは医学部?」
「行けんじゃん? 家もお金持ちっぽいし」
「そうなの?」
「わかるじゃん家がどうかとかそういうの、雰囲気で」
聞こえてるぞ、と思いながらも、まぶたが重くて上げられない。
「えっ私も医者志望なんだけど……」
馨に命を預けたくないな、と宮田は思った。
「馨に診察されんの怖いよ」
「怖い怖い」
真帆たちの野次に馨が唸ると、まあ馨も十分賢いから、と由梨がフォローを入れた。
「ていうか、あたしに比べたら全員賢いよマジで」
みなみが自虐で場を茶化す。
「宮田さんは東大、馨が医学部。としたら、じゃあ叶はどこ行くの?」
からかい半分に真帆がそう尋ねたのが聞こえて、宮田は我が事のように腹が立った。
なんで来たんだ。
どこへ行くんだ。
いつだってそんなことばかりだ。どこにいても。
「私も東京大学に行く」
宮田が目を開けると、夜の色は荒れた海のように濃いままだった。
「……さっすが首席じゃん」
そう揶揄しながらも、真帆は驚いているようだった。奥沢のその発言からは、野心のようなものが感じられた。
異常に強い眠気の中で、宮田はおかしなことを考えていた。
奥沢叶も『東大のピアノ科』を目指しているのだろうか? だから、旧宣教師館でピアノを弾いている時に、あそこまで睨みつけてきたのだろうか?
「叶なら絶対行けるよ! ていうか、もっとすごい感じだよ。東大卒美人なんとかみたいなさあ、あるじゃん、有名人の肩書で」
馨の単純すぎる言葉が、場の笑いを誘った。山頂に吹きつける夜風は、真冬のようにつめたかった。
「叶はさ、絶対もっとすごいよ。なんなのかはわかんないけど、叶は絶対に、すごい人になれるよ」
眠る肩をみなみに預けながら、宮田は手袋の中の手をぎゅっと握りしめていた。母譲りの大きな手が、凍えてしまわないように。
- NEXT PAGE星見寮、という文字がスマホの画面に光った瞬間、場の全員が硬直した。
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