東京生まれの秀才・佳乃と、完璧な笑顔を持つ美少女・叶。北海道の女子校を舞台に、思春期のやりきれない焦燥と成長を描く、青春群像小説。繊細な人間描写で注目を集める新人作家・安壇美緒による書き下ろし長編。
寝起きの杉本は血の気が引いていて、唇が白かった。
「森さんと奥沢さんの親御さんにはもう連絡してあるから。とりあえず中に入って」
「あの、すみませんでした」
蚊の鳴くような声で宮田がそう呟くと、靴、拭いてから入りなさい、と杉本が言った。足元を見下ろすと、上履きの白いバレエシューズに土がついて汚れている。
夜の暗さに慣れた目には、寮の玄関先の灯りですらひどく眩しかった。
宮田たちがロビーに入ると、先に着いていた真帆と悠がソファから手を振った。寮の中は暖房が効いていてあたたかく、冷えた手足が弛緩していく。
「おスギの説教タイム、みなみは免除かも。さっきおスギが電話してたから、もう親、来るんじゃない?」
「そっちのほうが何万倍もやだ……」
宮田が引き戸のガラス越しに玄関を見ると、杉本はまだ外で警備員と話し込んでいた。
「ちなみに案の定、馨のドジでバレたようです」
悠がにやつきながら言うと、強風のせいでしょ、と馨が慌てて言い訳をした。
馨の部屋の窓が強風で開き、目を覚ました相部屋の生徒が馨の不在に気がついたのが事の発端らしかった。寮の窓は外からは押して閉めることしかできなかった。
「窓際に不自然に毛布が置かれてて、強風が吹き込んでる部屋からルームメイトが消えてたら、そりゃ驚くわ」
「でもそこですぐ寮母に言いに行く? 普通」
ロビーの大きな鳩時計から、無音で鳩が飛び出した。まだ一時だった。山で過ごした時間は一時間にも満たなかったのだと知って、宮田は化かされたような気持ちになった。
「森さん、お母さんいらしたから」
杉本がロビーに顔を出すと同時に、引き戸の向こうに見慣れない人影が見えた。げっ、とみなみが顔を顰める。
「みなみ! あんた何やってんの! またバカみたいなことして!」
みなみの母が、大きく身体を前のめらせて玄関からロビーを覗いた。迫力ある体格が、茶のロングダウンを膨らませている。
「もう信じられない、本当にあんた、寮生でもないのにこんな迷惑かけて! 何やってんの、このバカ!」
「いや、すいませんて……」
寮母さんに謝んなさい、と母にがなられて、みなみが玄関へ駆けて行った。もう本当にバカ娘で、とみなみの母が繰り返す。
みなみが言ってた通りの人だ、とそれを見ながら宮田は思った。
「お母さん、あの、他の寮生が寝てますので……」
「そうですよね! すみません、非常識で! 重ね重ね、もうこの度は本当に……」
母と杉本のやり取りをよそに、みなみは一度ロビーへ戻った。じゃ、帰んわ、と勢いなく、みなみが宮田の手にタッチする。
「今日はお疲れ」
「本当それ。そっちも説教タイム頑張って。あ、そうだ」
みなみは真っ赤なダッフルコートのポケットから菓子の箱を取り出すと、はい、と宮田に手渡した。
「いいの?」
「あたし、きのこ派だから」
行くよ、と玄関から叫ばれて、じゃ明日ね、とみなみがスリッパで小走りに急いだ。その背に宮田も、明日、と言う。
こんな事件が起きても起こらなくても、明日はただの平日で、寝て起きたら朝が来る。
それは明日も明後日も、来週も来年もきっとそうで、どこへ行っても誰が死んでも、かならず明日はやって来る。
- NEXT PAGE静けさが戻った深夜のロビーで、杉本は切々と話し始めた。
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